
thank you伝道師 ナースりん

実家で、3月に亡くなった父の四十九日法要が
営まれました。
お坊さんをお呼びして、
新しい仏壇に入仏し、
四十九日法要のお経を唱えていただきました。
父は、仏教で言うところの
「阿弥陀様」
…になったのだとお坊さんは仰いました。
私は仏教の教えは好きですが、
詳しいわけでもなく、
仏教もキリスト教も基本的には、
人間の愛や、本来どう生きるべきか…を唱えたものだと
勝手に解釈しているので…
そこに欲や我が絡んで、
おかしな宗教が出てきていますが

どちらかと言えば無宗教派なのかな。
幼い頃から、
父方の一族は、
今回お呼びしたお寺さんを信仰しています。
かすかな記憶の中に
幼い頃、葬式などで…
そのお寺に、
何度か行ったことがあります。
今日、来ていただいたお坊さんは、
言わば「先代」で、
今は住職を息子の代に譲ったそうですが…、
何かのご縁で、
今回、実家に来ていただけました。
(通夜・葬儀は住職が来てくださいました。)
父よりも5つほど、
年齢が上だとお話してくださいました。
私が…なんとなくこの方を見て
ホッとした感覚を覚えたのは
子供の頃のかすかに残る記憶だけなのでしょうか?
そのお姿は、
人生を悟ったグランドファーザーのような姿。
酸素ボンベをつけて、
息切れしながら…おそらく閉塞性肺疾患でしょうか…、
きっと私が感じる息苦しさと同じように、
苦しいでしょう。
ですが、お役目を全うした後の説法で、
お坊さんの目がとても優しく、
目が離せませんでした。
お坊さんはこう仰いました。
「お父さんは、阿弥陀様になられたのです。
この骨は魂の抜け殻。
姿が見えなくなっても、
仏様はいつでも見守ってくれています。
悩んだときもいつも心配し、見守ってくれてます。
ただ己が成すべきことに対しては、
手を貸してはくれません。
それは、己が経験すべきことだからです。
(中略)
後は「私」が信じるかどうかなんです…」
最後の言葉は何度か繰り返して
何度も仰っていました。
私は…魂の存在を信じています。
現にそこにいるからです。
お経を唱えているときも、
一瞬、仏壇の近くで「ガタッ

音がしました。
こんなにハッキリ聞こえるのに…
誰も気づかない?!
それが夢かうつつか…
証拠を見せることはできません。
「感じるから」としか
言いようがないのが正直なところです。
グランドファーザーのようなお坊さんの言葉には、
ただ頷くことしかありません。
私がずっと思っていたことを
そのまま…仰っていただけたから。。。
お坊さんとは…幼い頃からのご縁もありますが、
もっと昔から…
そぅ、生まれる前からのご縁があったように
思えてなりません。
住職さんとの時とは違う感覚です。
この安堵感はどこからくるんだろう?
もっとお坊さんのお話を聞きたいと
思っている私がいました。
きっとまたご縁が結んでくださると
信じて…またお会いしたいと願っています。
今日は、父の四十九日法要のお勤めを
ありがとうございました。
父にとっては、
前住職とは、もっとご縁が深かったと思います。
きっと、喜んでいると思います。
それもまた…父が積んできた「徳」故でしょうね

悲しみはまったく感じていません。
むしろ…自由の身…
いえ、魂になった父は、
いつでも、
人間が決めた時間

会うことができるからです。
それを感じることができるから。。。
ありがとう。。。
ここにあるのは…感謝だけです。。。



