古神道7/稲荷神社5 (穀霊信仰)/桜 | 獨と玖人の舌先三寸

古神道7/稲荷神社5 (穀霊信仰)/桜

そもそも稲荷信仰は、まず“民間信仰”から始まりました。もっとも代表的な庶民の祈念です。民間信仰に神道や仏教という区別はありません。
農耕主体となってから、日本人の何よりの願いは“稲成(いなり)”でした。それが穀霊(こくれい)信仰です。古代日本では普遍的な現象でした。今日なお、皇室で年中行事として執り行われています。

狩猟採集を生業としていた縄文時代から、海、山、川、森林、動物、植物、道具など、この世のあらゆるものに霊が宿り、それが人間社会に影響を与えるという、精霊(しょうりょう)信仰が存在していました。
稲作が渡来し、本格的な農耕が開始された弥生時代、縄文時代からの精霊信仰に、稲の豊穣を祈る穀霊信仰と祖霊信仰が新たに加わりました。それはすぐに大きな柱になっていったと考えられます。

※“日本人は農耕民族”なんてフレーズをよく見聞きしますが、否、それは国土の特質を強調するためだけのものであって、狩猟・採集、牧畜を行う民族でもあります。

穀霊とは、穀物に宿る精霊のこと。その巨大な力のひとつは、やはり豊饒です。
“天の岩戸”神話をご存知でしょうか。天照大御神が、アホウな弟(笑。須佐之男命)を哀れみ、洞の中にお隠れになってしまった、というお話。世界は光を失い、作物は育たず、秩序も失われていったのです。
天照大御神は女神です。太陽神として有名ですが、神田の稲を作ったことから豊饒の神としても祀られています。また祭祀を執り行う巫女としても扱われています。
現在の皇家の祖先であり、全国民の祖神(おやがみ)でもあります。
“天の岩戸”神話は、穀霊のはたらきが失われることで、穀霊の働きがいかに大きなものであるかを示しています。
強大な力を持つ反面、穀霊は優しく、弱いモノとして考えられ、ほとんどが女性や童子として描かれます。それらの“役目”は女性に任せられました。

思い出した言葉――なう。
“母は強し。されど女は弱し。”これ、死語でしょうか?┐(゜∀゜≡゜∀゜)┌
獨と玖人の舌先三寸-031127三重県志摩郡磯部町“天岩戸”2031127.三重県志摩郡磯部町“天岩戸”2。
強い生命力を秘めている、天上から降り立った穀霊が、艱難辛苦の末に“自力”で子孫を増やし、居住地域を拡大して行く様子を物語ったのが“天孫降臨”神話です。
天孫 邇邇芸命(ににぎのみこと)は農業の神です。こちらは男神。

庶民は四季折々に祭祀を営み、忌み籠りをし、身を慎み、穀霊につかえました。
“稲魂(いなだま)の弥栄(いやさか)”が国の繁栄であるとし、その信仰が人間の在り方を規制し、穀霊の永続のために家系の永続が必要とならしめた、要因のひとつであると考えられています。
※夏至、冬至、春分、秋分などの二十四節気(にじゅうしせっき)は、1太陽年を日数によって、または黄道上の視点によって24等分したもので、暦注や生活暦として使われています。

他国、他宗教、いずれにも似たような神話、伝承が存在しています。
それはどれも太陽に纏わり、農耕作業に関係しています。神の生死が自然の摂理に準えられています。つまり穀霊への信仰と捉えられるのです。
穀物の生産と収穫とは、生と死、再生と新生、復活と破壊を表します。これは世界の規則であり、人間の生活サイクルであり、つまり“生”の象徴と言えるのです。
(例えば、田植えから稲刈り。土葬から芽吹く。肥料に糞尿を使う。)

※参考「大地母神」→ http://ameblo.jp/emeth-spriggan/entry-11056288763.html

※古代、桜の花見も穀霊の神事でした。
獨と玖人の舌先三寸-110404増上寺境内110404増上寺境内。
※神の御名に“ウケ”や“ウカ”がつく神様は、みんな食料、農業、豊穣にからみます。概ね、女神です。そして、穀霊です。
イナリ、ウガノミタマ、ウカノミタマ、ミケツカミ、トヨウケビメ、オホゲツヒメ、ウケモチ、ワカウカメ、ウカノメ等々…。
別モノだったり同一だったり、扱いが難しいですf(-_-; 漢字読めませんし(笑)
(学術書などでは、カタカナ表記が慣例化しています。)
豊かな食物を与える神ということから、福の神ともなりました。
※参考「七福神」→ http://ameblo.jp/emeth-spriggan/entry-11092342448.html


※桜――
なぜ桜の木が土手に多いか。
大抵の樹木は、地上に見える枝同様に根を張るのだそうです。桜のように広く大きく“横”へ伸びる樹木は、浸食を防ぐ役割を持ってくれるのです。
防災のために、目的を持って河川沿いに植えられました。横に広く大きく根を張るため、斜めに成長していっても倒れませんp(^o^)qオー
杉や檜など天高く伸びる木は、まさしく杭のごとく地中深く根を伸ばし、斜面の土砂崩れを防ぐ働きをしてくれるのだそうです。
松などの葉に抵抗が少ない常緑樹は、防風・防砂の役割を持ってくれるというわけですね。コンクリートの壁より、趣も景観もいいです(●´v`●)
獨と玖人の舌先三寸120409元荒川(越谷市 文教大学前)
一説には、4代家綱が、川沿いに桜を植える事を奨励したそうです。
桜見物に庶民は集まり、楽しみ、“土手を固めました”。人の足で土が踏み締められて土壌をよくしたのです。
当時はまだ、河川の氾濫、洪水が絶えない時代――

※参考mixiアルバム「越谷3/旧日光道・御殿・宿場・伝馬制度/河川・寺社」→ http://photo.mixi.jp/view_album.pl?album_id=500000001633525&owner_id=32815602