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やや長文で、内容については色々なご意見がおありかと存じますが、
どうぞ最後までお読み頂き、ご自身でご判断下さい。
安倍首相が訪米中から帰国後に至る迄、マスコミはこぞって安倍首相がTPP交渉参加に向けて積極的に動いていると云う趣旨の論調で書き立てています。
民主党政権下で始まったTPP参加に向けた様々な動きの中で、賛成派は経済界、反対派の主流は農家であり、日本の農業が廃業に追い込まれるから、あるいは米国のモンサント社が参入して食の安全が脅かされるから、と云う理由から反対していると思われがちであります。
しかしながらTPPの本質は日本の國體をも変質しかねない、第二の占領統治の始まりであることを、多くの国民は知らされていません。
今一度TPPとは一体何なのか、以下のサイトでおさらいしてみましょう。
「サルでもわかるTPP」
http://project99.jp/?page_id=75
民主党政権下では保守派の一部(主に櫻井よしこ氏率いる国基研)を除いて多くの人々はTPPに対して一斉に「NO!」を突き付けてきました。
そして昨年末やっと民主党政権が倒れ、保守色を強めた安倍首相率いる第二次安倍内閣が発足してホッとしていたのも束の間、今回の安倍首相訪米により、TPP交渉参加に向けた動きが突如加速し、保守も四分五裂して大騒ぎとなっています。
現在、TPPを巡る保守がそれぞれどのように分かれているのかを見てみます。
【1】 TPP交渉参加も反対
【2】 TPP交渉参加は容認するが参加は反対
【3】 TPP参加推進
【4】 TPP交渉並びに参加について賛成も反対も無く安倍首相を信じて追従
困った事に、これら4つの考え方に分かれ、それぞれが牽制し合っているのが現状です。
しかしながらTPPとは先にも書いたように、関税自主権の問題以外に、非関税障壁の問題がはるかに重要であり、米国側が如何なるものを「非関税障壁だから撤廃せよ」と言い出すかは交渉後あるいは参加後になってみなければ分からないという非常に曖昧な条約です。
つまりTPPとは「関税の問題」ではなく「非関税障壁」の問題なのです。
非関税障壁とは所謂「規制」と言えますが、米国を中心とした参加国があらゆるものに対して「これは規制だから撤廃せよ」と云えば、そうせざるを得ないのがTPPなのです。
TPPは国内法を超えて参加国を擁護するものであることを認識せねばなりません。
万が一にも「日本語は非関税障壁であるから撤廃して、公用語を英語にせよ」と言われれば、我が国は国語を失うことになるのです。
日本以外は参加国の公用語が英語になっている国がほとんどです。
既に山谷えり子議員が楽天の三木谷氏が2年で社内公用語を英語にしたことを絶賛し、日本ではまだまだ英語教育が足りないことを歎き、第二次安倍内閣に於いては英語を公用化すべく全力を挙げたいと動画配信していますが、これはまさしくTPP参加に向けた地ならしとも受け取れます。
つまり日本語が非関税障壁とされた時、公式な場や書類など、公用の場で日本語を使うことが禁止されてしまう日が来る、ということもありえるわけです。
けれども国語を失うことになれば我が国の神話を失い、神話を失うことになれば、神話によって担保されている皇室が失われることとなり、國體の危機に瀕することになるのであると言う事をはっきりと自覚せねばなりません。
明治以来、我が国は西洋文明を受け入れて取り入れる事を「近代化」と称し、「近代化」することは素晴らしいことだとして、近代化の是非についてほとんど議論されることなく今日まで来ています。
しかしながら、我々は近代化と共に次々と言語を失ってきました。
つまり戦後世代は戦時中に書かれた書物でさえ、まともに読む事さえ出来なくなっており、ましてや昭和初期から明治、江戸以前の書物は、最早同じ国の言語かどうかさえ分からない有様です。
この書物が読めない事によって、戦後世代と戦前から遡っての日本人との間で、意識の断絶が起きているのであり、我が国がどのような国柄であったのか、どのような考え方で生きていたのか、全く分からなくなっているのです。
そして戦後一方的に怒涛の如く押し付けられた西洋文化、特に亜米利加的な文化に染まった戦後世代は、西洋化あるいはアメリカナイズされた日本人であり、戦中、戦前の日本人とは明らかに異質の人種になってしまっているのです。
「言語を失う」と言う事は「文化を失う」事であり、畢竟、民族が失われることであることを絶対に忘れてはなりません。
TPPに関しては交渉に参加する事すら危険と考えます。
何故なら、交渉に参加すると言う事はもう後戻りできないことを意味しているからです。
底なし沼であることが最初から分かっている場所へ、みすみす足を踏み入れる過ちを犯す事は断じてあってはならないと考えるからです。
卑近な例で言えば、福袋を購入する際に中身を見てから買うかどうかを決める、などと云うことは出来ないのと一緒です。
TPP参加推進論者は日米同盟をより強固にし、支那包囲網の一環として参加すべしと唱えています。
しかしながら先にも述べたように、TPPとは第二の占領統治であり、戦後のGHQによる戦後体制を固定化、未来永劫日本を亜米利加の属国にすることに外なりません。
TPP参加となれば、第一次安倍内閣で安倍総理が「戦後レジームからの脱却」を提唱し、昨年の衆議院選挙で「日本を取り戻す」を掲げて戦い、第二次安倍内閣発足に至ったのは一体何だったのか、と云うことになります。
戦後レジームとは将にGHQつまり進駐軍による占領統治体制であり、その体制から脱却すると言う事は、自主独立に向けて「日本を取り戻す」ことに外なりません。
「日本を取り戻す」と云う事と「TPP参加」と云う事は、ベクトルが眞反対を向いていることを、はっきり認識せねばなりません。
そもそもTPP不参加ぐらいで日米同盟が破棄されることがあり得るのでしょうか。
あの大東亜戦争、亜米利加にしてみれば太平洋戦争で多大な米兵の犠牲を払って得た既得権益を、日本がTPP不参加と云ったぐらいで易々と手放すことはあり得ないでしょう。
そのことから類推すれば、日米同盟をいきなり破棄することも考えられません。
日本と云う土地の利と財布を簡単に手放す筈はありません。
ただ、原爆二発を落としても一切謝罪さえしない図々しさを見れば、亜米利加の強気な態度は想像を超えるものであることは明らかです。
今回の安倍首相訪米の際、相当の圧力をかけてきたことは明白です。
安倍首相が苦渋の色を滲ませた顔をされておられたことを見ても分かります。
しかしながらTPP参加は断固として阻止、反対すべき条約であることを安倍首相には是非ともご認識頂きたく思っています。
何故なら、
畏れ多くも皇祖皇宗並びに天皇陛下に対し奉り、そして靖国神社に鎮まります幾万英霊に対し、また私達の祖先そして子孫に対して申し訳が立たない事にだけは断じてしてはならない。
そしてその申し訳ないことを安倍首相が決断したと、後世の人間に言わしめてはならない。
亜米利加が最も恐れている事。
それは日本が自主独立する事であります。
となれば、今回オバマ大統領がTPP交渉参加に向けて安倍首相に対して恫喝と云う圧力をかけてきたことを逆手に取り、恫喝するなら日本は自主独立に向けて走り出すぞ、と宣言すればよいのです。
つまり、核武装をはじめ、自主憲法制定、皇軍の創設など、我が国が戦後レジームから脱却できずに、戦後以来為し得なかった事を、亜米利加など無視して次々と思う存分やり遂げて行けば良いのです。
そうなれば、安倍首相が掲げた「日本を取り戻す」ことが、一気に前進することになるのです。
「TPP交渉並びに参加について賛成も反対も無く安倍首相を信じて追従」する事について。
安倍首相以外に国益に適った判断が出来る人はいないと云うことを以て、安倍首相が判断されたことであれば全て正しいと盲信すると云う保守の方々が増えてきているように思います。
しかしながらこれは極めて危険な状況であります。
「盲信」と云うのは宗教的な発想であり、「安倍首相絶対論」を展開して、まるで宗教の教祖又は宗教の絶対神の如き存在に祭り上げることに外ありません。
失敗が無ければ問題が無いのでありますが、万が一にも何らかの失敗が生じた時には、責任は全て安倍首相にあり、自らには一切ないのだと云う極めて無責任な逃げ以外の何ものでもなく、恐らく何らかの不具合が生じてきた時点で、安倍批判に転じる事になるでしょう。
盲信とは自分の判断を一切排除した、「馬鹿」「白痴」状態であり、何も考えることなく上に従うと云う共産党的思想であり、実に愚かな事であります。
安倍首相が人間である以上、過ちを犯す可能性があります。
判断が鈍る時もあるでしょう。
可笑しなものは可笑しいのだと評価して、声を上げて行く事が保守と云うものではないでしょうか。
評価もできないようでは保守とは言えない。
只の愚民に過ぎないのであります。
また「支える」ことと「只信じる」ことは異なるものです。
「支える」とは「忠義」の二文字に依る処でなければなりません。
つまり誤りを犯そうとしているのを見て、
その誤りを御忠言申し上げ、お諫めするのが忠義です。
我が国の伝統的には、例えて言うならば、
織田信長公に仕えた平手政秀の如く、
自ら詰め腹を切って信長公をお諫めしたように、
信ずる者(主)が過ちを犯しているのに対し、
体を張って正そうとすることが「忠義」であり、
これが「支える」と云う行為であります。
「只信じる」と云う行為は、
信ずる者(主)の現在の権力にしがみつこうとしているのに過ぎません。
つまり、信ずる者が万一権力の座から追われた時には、
潮が引くかの如く去っていく卑怯者たちに過ぎません。
加えてその卑怯者たちの扇動によって、
そう信じ込まされている可哀そうな人たちも増えてきています。
更に重要な事は、TPP推進派(亜米利加の工作員)の工作によって、
「TPP推進か反対か」と云う論点を
「安倍首相を信じるか、信じないか」と云う論点にすり替えられている事です。
このことはTPPに関して細かい情報を持たない人、
若しくは持っていても安倍首相支持の気持ちの強い人ほど、
TPP推進の工作活動に騙されています。
この工作は安倍首相を支持する気持ちを利用した、
亜米利加の息のかかった工作員による極めて悪質な工作です。
このブログを読んで、不愉快に思われる方も多くおられることと思いますが、
恐らくこれが現実であろうと思います。
騙されたと思った方は、早く目を覚まして下さい。
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民主党政権下で始まったTPP参加に向けた様々な動きの中で、賛成派は経済界、反対派の主流は農家であり、日本の農業が廃業に追い込まれるから、あるいは米国のモンサント社が参入して食の安全が脅かされるから、と云う理由から反対していると思われがちであります。
しかしながらTPPの本質は日本の國體をも変質しかねない、第二の占領統治の始まりであることを、多くの国民は知らされていません。
今一度TPPとは一体何なのか、以下のサイトでおさらいしてみましょう。
「サルでもわかるTPP」
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民主党政権下では保守派の一部(主に櫻井よしこ氏率いる国基研)を除いて多くの人々はTPPに対して一斉に「NO!」を突き付けてきました。
そして昨年末やっと民主党政権が倒れ、保守色を強めた安倍首相率いる第二次安倍内閣が発足してホッとしていたのも束の間、今回の安倍首相訪米により、TPP交渉参加に向けた動きが突如加速し、保守も四分五裂して大騒ぎとなっています。
現在、TPPを巡る保守がそれぞれどのように分かれているのかを見てみます。
【1】 TPP交渉参加も反対
【2】 TPP交渉参加は容認するが参加は反対
【3】 TPP参加推進
【4】 TPP交渉並びに参加について賛成も反対も無く安倍首相を信じて追従
困った事に、これら4つの考え方に分かれ、それぞれが牽制し合っているのが現状です。
しかしながらTPPとは先にも書いたように、関税自主権の問題以外に、非関税障壁の問題がはるかに重要であり、米国側が如何なるものを「非関税障壁だから撤廃せよ」と言い出すかは交渉後あるいは参加後になってみなければ分からないという非常に曖昧な条約です。
つまりTPPとは「関税の問題」ではなく「非関税障壁」の問題なのです。
非関税障壁とは所謂「規制」と言えますが、米国を中心とした参加国があらゆるものに対して「これは規制だから撤廃せよ」と云えば、そうせざるを得ないのがTPPなのです。
TPPは国内法を超えて参加国を擁護するものであることを認識せねばなりません。
万が一にも「日本語は非関税障壁であるから撤廃して、公用語を英語にせよ」と言われれば、我が国は国語を失うことになるのです。
日本以外は参加国の公用語が英語になっている国がほとんどです。
既に山谷えり子議員が楽天の三木谷氏が2年で社内公用語を英語にしたことを絶賛し、日本ではまだまだ英語教育が足りないことを歎き、第二次安倍内閣に於いては英語を公用化すべく全力を挙げたいと動画配信していますが、これはまさしくTPP参加に向けた地ならしとも受け取れます。
つまり日本語が非関税障壁とされた時、公式な場や書類など、公用の場で日本語を使うことが禁止されてしまう日が来る、ということもありえるわけです。
けれども国語を失うことになれば我が国の神話を失い、神話を失うことになれば、神話によって担保されている皇室が失われることとなり、國體の危機に瀕することになるのであると言う事をはっきりと自覚せねばなりません。
明治以来、我が国は西洋文明を受け入れて取り入れる事を「近代化」と称し、「近代化」することは素晴らしいことだとして、近代化の是非についてほとんど議論されることなく今日まで来ています。
しかしながら、我々は近代化と共に次々と言語を失ってきました。
つまり戦後世代は戦時中に書かれた書物でさえ、まともに読む事さえ出来なくなっており、ましてや昭和初期から明治、江戸以前の書物は、最早同じ国の言語かどうかさえ分からない有様です。
この書物が読めない事によって、戦後世代と戦前から遡っての日本人との間で、意識の断絶が起きているのであり、我が国がどのような国柄であったのか、どのような考え方で生きていたのか、全く分からなくなっているのです。
そして戦後一方的に怒涛の如く押し付けられた西洋文化、特に亜米利加的な文化に染まった戦後世代は、西洋化あるいはアメリカナイズされた日本人であり、戦中、戦前の日本人とは明らかに異質の人種になってしまっているのです。
「言語を失う」と言う事は「文化を失う」事であり、畢竟、民族が失われることであることを絶対に忘れてはなりません。
TPPに関しては交渉に参加する事すら危険と考えます。
何故なら、交渉に参加すると言う事はもう後戻りできないことを意味しているからです。
底なし沼であることが最初から分かっている場所へ、みすみす足を踏み入れる過ちを犯す事は断じてあってはならないと考えるからです。
卑近な例で言えば、福袋を購入する際に中身を見てから買うかどうかを決める、などと云うことは出来ないのと一緒です。
TPP参加推進論者は日米同盟をより強固にし、支那包囲網の一環として参加すべしと唱えています。
しかしながら先にも述べたように、TPPとは第二の占領統治であり、戦後のGHQによる戦後体制を固定化、未来永劫日本を亜米利加の属国にすることに外なりません。
TPP参加となれば、第一次安倍内閣で安倍総理が「戦後レジームからの脱却」を提唱し、昨年の衆議院選挙で「日本を取り戻す」を掲げて戦い、第二次安倍内閣発足に至ったのは一体何だったのか、と云うことになります。
戦後レジームとは将にGHQつまり進駐軍による占領統治体制であり、その体制から脱却すると言う事は、自主独立に向けて「日本を取り戻す」ことに外なりません。
「日本を取り戻す」と云う事と「TPP参加」と云う事は、ベクトルが眞反対を向いていることを、はっきり認識せねばなりません。
そもそもTPP不参加ぐらいで日米同盟が破棄されることがあり得るのでしょうか。
あの大東亜戦争、亜米利加にしてみれば太平洋戦争で多大な米兵の犠牲を払って得た既得権益を、日本がTPP不参加と云ったぐらいで易々と手放すことはあり得ないでしょう。
そのことから類推すれば、日米同盟をいきなり破棄することも考えられません。
日本と云う土地の利と財布を簡単に手放す筈はありません。
ただ、原爆二発を落としても一切謝罪さえしない図々しさを見れば、亜米利加の強気な態度は想像を超えるものであることは明らかです。
今回の安倍首相訪米の際、相当の圧力をかけてきたことは明白です。
安倍首相が苦渋の色を滲ませた顔をされておられたことを見ても分かります。
しかしながらTPP参加は断固として阻止、反対すべき条約であることを安倍首相には是非ともご認識頂きたく思っています。
何故なら、
畏れ多くも皇祖皇宗並びに天皇陛下に対し奉り、そして靖国神社に鎮まります幾万英霊に対し、また私達の祖先そして子孫に対して申し訳が立たない事にだけは断じてしてはならない。
そしてその申し訳ないことを安倍首相が決断したと、後世の人間に言わしめてはならない。
亜米利加が最も恐れている事。
それは日本が自主独立する事であります。
となれば、今回オバマ大統領がTPP交渉参加に向けて安倍首相に対して恫喝と云う圧力をかけてきたことを逆手に取り、恫喝するなら日本は自主独立に向けて走り出すぞ、と宣言すればよいのです。
つまり、核武装をはじめ、自主憲法制定、皇軍の創設など、我が国が戦後レジームから脱却できずに、戦後以来為し得なかった事を、亜米利加など無視して次々と思う存分やり遂げて行けば良いのです。
そうなれば、安倍首相が掲げた「日本を取り戻す」ことが、一気に前進することになるのです。
「TPP交渉並びに参加について賛成も反対も無く安倍首相を信じて追従」する事について。
安倍首相以外に国益に適った判断が出来る人はいないと云うことを以て、安倍首相が判断されたことであれば全て正しいと盲信すると云う保守の方々が増えてきているように思います。
しかしながらこれは極めて危険な状況であります。
「盲信」と云うのは宗教的な発想であり、「安倍首相絶対論」を展開して、まるで宗教の教祖又は宗教の絶対神の如き存在に祭り上げることに外ありません。
失敗が無ければ問題が無いのでありますが、万が一にも何らかの失敗が生じた時には、責任は全て安倍首相にあり、自らには一切ないのだと云う極めて無責任な逃げ以外の何ものでもなく、恐らく何らかの不具合が生じてきた時点で、安倍批判に転じる事になるでしょう。
盲信とは自分の判断を一切排除した、「馬鹿」「白痴」状態であり、何も考えることなく上に従うと云う共産党的思想であり、実に愚かな事であります。
安倍首相が人間である以上、過ちを犯す可能性があります。
判断が鈍る時もあるでしょう。
可笑しなものは可笑しいのだと評価して、声を上げて行く事が保守と云うものではないでしょうか。
評価もできないようでは保守とは言えない。
只の愚民に過ぎないのであります。
また「支える」ことと「只信じる」ことは異なるものです。
「支える」とは「忠義」の二文字に依る処でなければなりません。
つまり誤りを犯そうとしているのを見て、
その誤りを御忠言申し上げ、お諫めするのが忠義です。
我が国の伝統的には、例えて言うならば、
織田信長公に仕えた平手政秀の如く、
自ら詰め腹を切って信長公をお諫めしたように、
信ずる者(主)が過ちを犯しているのに対し、
体を張って正そうとすることが「忠義」であり、
これが「支える」と云う行為であります。
「只信じる」と云う行為は、
信ずる者(主)の現在の権力にしがみつこうとしているのに過ぎません。
つまり、信ずる者が万一権力の座から追われた時には、
潮が引くかの如く去っていく卑怯者たちに過ぎません。
加えてその卑怯者たちの扇動によって、
そう信じ込まされている可哀そうな人たちも増えてきています。
更に重要な事は、TPP推進派(亜米利加の工作員)の工作によって、
「TPP推進か反対か」と云う論点を
「安倍首相を信じるか、信じないか」と云う論点にすり替えられている事です。
このことはTPPに関して細かい情報を持たない人、
若しくは持っていても安倍首相支持の気持ちの強い人ほど、
TPP推進の工作活動に騙されています。
この工作は安倍首相を支持する気持ちを利用した、
亜米利加の息のかかった工作員による極めて悪質な工作です。
このブログを読んで、不愉快に思われる方も多くおられることと思いますが、
恐らくこれが現実であろうと思います。
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