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「いしいしんじの本」
いしいしんじ、著。 2013年
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内容紹介
「ほんとうに、ブラッドベリを読みつづけた夏ほど、僕の中でいまだ、くっきりとからだの輪郭をもって保存されたままの時間はない。そして、豊かな本にであったとき、かならずあの感覚が発動する。ブラッドベリを読んでいるかのように書けているときこそ、僕のからだは、夏の日のスプリンクラーや十月の月光を浴びるのに似た、小説のよろこびにひたされているのかもしれない。」──「はじめての」作家 より
小説家いしいしんじは読む。とにかく読む。青年時代に没入した漱石や宮沢賢治、ブラッドベリから、小川洋子、小島信夫、辻原登、莫言、グレアム・スウィフト、ゼーバルト、マンガレリといった古今東西の作家たちまで。ジャンルの分け隔てなく読むのも、いしい流読書の魅力。写真家鬼海弘雄や絵本作家荒井良二、現代美術家大竹伸朗、漫画家ほしよりこなど、著者が語る本は、どれもみななんと面白そうであることか。なにより読んでいる本人が心の底から、身体の底から、本の時間を味わい、楽しみ、生きている。
本書は、「読むこと」「書くこと」「生きること」が三位一体となった「身体の経験」としての読書をめぐるエッセイであり、同時に他に類のないブックガイドでもある。いしいワールドにさらに耽溺したい読者のために、巻末には本書で取り上げられるタイトル約二百の、索引も兼ねたブックリストも用意されている。
「小説に書かれた言葉、文章が、川面の照り返しのようなものとすれば、読書経験とは、川のなかへ身を投じ、言葉の底の豊かな流れを体感することにほかならない」(本文より)
内容(「BOOK」データベースより)
自分にとって大切なものとなる本は向こうからやってくる。身体経験としての読書をめぐるエッセイ集。
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読書が人を創るのか、人が自分に似合った本を選ぶのか…。
少なくともいしいしんじ氏の一部は本で出来ている。
言葉や文字には力がある。
人は言葉に影響を受け、言葉で影響を与える。
神は八日目に「言葉あれと発した」。
こうして人の進化が始まった。
人の進化。
それは神への長い道程である。
いや、そうではない。
それは事実とは異なる。
実際には神は人に言葉を与えなかった。
神は人をただ在るだけで充足する存在として創造した。
人に言葉を与えたのは、言葉という進化力を与えたのは、悪魔たるエデンの蛇である。
知恵の源である言葉を与える事で、人に神への道程を歩ませんと画策したのは蛇である。
唯一絶対の地位にあるからこそ神。
人が皆神より偉く見ゆるとき花を買いきて妻と眺むる
━みたいな感じで、神を落ち込ませようという魂胆。
だと思うよ、私は。
で、言葉だけではその場限り。
だから文字が作られて、本が出来た。
つまり言葉という魔術のギュッと詰まったやつが本である。
えっせんすとかぷれみあむな感じの、なんかギュッと濃い感じのやつが本。
言葉の魔力の濃いやつ。
だから、本ってのは、本来かなりアブナイ。
ごうほうはーぶ…みたいな感じ?
麻薬的な何か、悪魔的な何か。
ネクロノミコンとか特別視されるけど、本ってのは本来全てが魔力に満ちている。
だから読むと変貌する。
言葉・文字はマジカル。
いしいしんじはきっと本によって変貌したのだ。
いしいしんじの一部は本で出来ている。
本にまつわるエッセー集。
彼の好きな本の話。
ユニークな本、ベーシックな本、童話や詩や写真集まで含めた「いしいしんじの“好きな”本」。
セレクトがいかにもいしいしんじ氏らしい。
いしいしんじ氏が本を語り、その本たちがいしいしんじ氏を語っている。
かくありたいものです。
私なんて雑多なだけ…。
いくつか興味ある本も発掘。
一番気になるのが『転生夢幻』。
中国の小説。
主人公は驢馬・豚・猿と転生してゆき、時代の中でユニークに生きる。
類なき小説のようです。
読みたい♪
その他いくつか気になる本を発掘。
今回も成果ありでした♪