いつも長いブログ読んでくれて有難う。


「原発」や「被曝」、「TPP」の事を書いて来たけど今回は自分の事を書くね。(まだ書かなきゃいけない事山積みだけど)


山本太郎の動機の部分を知らない人の為に。 宗教に入ったわけでも無く、誰かに操られてる訳でも無く、ただ生きてたい、って思いから始まった事を知ってもらう為に。


「何故、声を上げたのか」


僕は今、38歳。16歳の時から芸能界にいる。ひょんなキッカケからデビューして気が付けば随分長い間「役者」業をやらせて貰ってた。


最初は何となく流れに乗って始めた仕事だったから完全に舐めてた。


でも役者と言う「職人の世界」の奥深さを井筒和幸監督や深作欣二監督、伊丹十三監督に教えられ、魅せられて「これは一生賭けて取り組まなきゃいけない仕事」と思える様になったんだ。


映画撮影の物作りに掛ける活動屋(映画人をこう呼ぶ)達の仕事へのこだわり、舞台で吐きそうになる位の生の緊張感、旅番組じゃなきゃ一生出逢えなかった地の果てに暮らす人々との交流など、沢山の貴重な経験をさせて貰った。今でも僕の宝物だよ。



お金の為だけに受けた仕事もあった。食べて行かなきゃならないしね。


自分の気持ちが乗り切らなかった仕事だってあったよ。


沢山怒られたし、消えて無くなりたいって位に駄目だしをされた事もあった。


でも、自分にはいい職人になる!って大きな夢があったし、どんな嫌な事があっても、いつかこの感情を表現してやろう、ってポジティブに捉えられた。



兎に角、目の前にある自分の仕事と趣味の波乗りで頭の中は一杯だった。


そんな日々が一変したのが「東電原発事故」だった。

事故後、国の偉い人が言った「直ちに健康への影響はない」って言葉に背筋が凍った。


Mediaは国の発表を垂れ流すのみ。



事故は隠され、本当の事は目の前の経済を守る為に矮小化される、人間なんて簡単に切り捨てられると気付いてしまった。


「生きるんだ、生き残るんだ」って強い意志を持たなければこの先、自分の未来はないと確信した。


生きてなきゃ、「表現する」事も「嬉しい」事も「悔しい」事も感じられない。


自分が健康で生きていたいのは勿論だけど、一人ぼっちじゃ意味がない。


皆にも健康で生きててもらわなきゃ。


僕を口汚く誹謗中傷する誰かにも生きてて貰わないと。


酷い人がいるからこそ、愛情深い人との出逢いがより素晴らしいモノになるんだ。


だから、皆で生きたい、生き延びたい。



人間とは共存出来ない「核」

人間には制御出来ない「核」

僕たちの命を脅かす程リスクのあるモノとはサヨナラしなきゃ。



でも「原発をやめろ」「被曝をさせるな」って自分が口に出してしまえば、スポンサーが「神」である芸能界では生きて行けない。




「声を上げたい」けど「声を上げれば仕事は無くなる」


寝ている時に「メルトダウン!」って寝言を言ってしまう位にまでココロの中で二つの思いがぶつかり合って押しつぶされそうになった。


事故後2週間位悩み続けて結論が出た。


地震、津波に対する安全性など何も担保されていない原発を「地震多発地帯・日本」でこの先も続ければ間違い無く次の事故は起こる。


それを証明してみせたのが東電原発事故じゃないか。


次の過酷事故が起こった時、どう自分自身に言い訳するの?


人には「まさか起こるとは思いませんでしたよね~」など話を合わせる事は簡単。


けど自分自身は「知っている」


「仕事を失う事が怖くて声を上げなかった」自分の卑怯さを。


間違った事に声を上げられないって事は「原発を続けることも仕方ない」と黙認したも同然だと言う事を。


そんな自分を好きになれるか?


そんな自分と一生向き合って生きるのか?


「卑怯な自分もしょうがない、生きる為には」と自分を許せるのか?


そんな一生、地獄じゃないか。



僕には無理だった。

我慢出来なかった。



自分が声を上げれば世の中が変わる!なんて思っちゃいない。

そんな自惚れ屋だったなら、芸能界で20年も生きてられない。

とっくに潰れてる。



「売名行為だ」なんて言われる事もあるけど、収入激減する売名って何?(笑)


芸能界で踏み込んだ政治的発言をする事は「悪目立ち」でしかないのは子役でも理解できるよ。


スポンサーにがんじがらめの芸能界に生きてる人間であろうが、自分自身も「声を上げるひとり」に成らなきゃどうにもならない。皆で声を上げなきゃ行動しなきゃ、もうどうしようも無いとこまでこの国は、世界は、来てしまってるって事にやっと気付いたんだ。


今声を上げている多くの3・11デビューの人たちも同じ葛藤があったんじゃないかな。


「何故声を上げたのか」


こんな状況になるまで気付け無かった間抜けで情けない自分自身への憤り。


ツギハギだらけの目の前の経済を守る為に「人間を簡単に切り捨てる」事も平気な政治や経済界への怒り。


人の命に関わる事でもお金を守る為に、資金源のスポンサーを守る為に偏った情報しか流さないMediaへの不信感。




また長くなっちゃた(笑)


次回更新は「何故行動したか」でお会いしましょう!