勢いに任せて、行けるだけ行っておこうかと・・・
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その2 パク・ユチョン

「つっかれた・・・」
バイト先ではいつも立ちっぱなしだ。
小さな飲食店の店主も女将もいい人たちだったが、皿洗いやら野菜の下ごしらえやらとにかく裏方の仕事はユチョン一人に任されていたので、いつでもめちゃくちゃ忙しかった。
店主は料理を作り、女将は接客で手一杯だった。小さな店はいつも客であふれていたから。
週に一日しか休みのない飲食店のバイトはきつかったが、給料もそこそこで何より賄いが振舞われることが魅力だった。
仕事が終わると店主と女将と三人で遅い夕食をとった。
女将は息子のようにかわいがってくれ、次の日の朝食と昼食の分まで食べ物を持たせてくれることもたびたびだった。
おかげで、アパート(とも呼べないようなぼろ下宿だったが)に帰れば勉強に集中できた。
自転車置き場に自転車を止め、いつものようにポストを確認する。
どうせ、しょうもないダイレクトメールだけだとわかっているが・・・。
一通づつ事務的に差出人の名前(会社名)を確認してゆく。
(請求書はない、か・・・今日も全部ゴミ箱行き・・・)
彼にとって唯一の楽しみは、たまさか送られてくる故郷にいる母と弟からの手紙だ。
それだって内容はいつも同じだ。
元気でいますか。ちゃんと食べてますか。
風邪を引かないように。あなたは気管支が弱いから・・・。
次に帰ってくるのを待ってます。弟がいつもあなたに会いたがってます。
わかってる。わかってるよ・・・。
いつもいつも同じ手紙でも、たまにしか来ない手紙でも、ユチョンは嬉しかった。
待ち遠しく、毎日ポストを確認した。
彼は父に早く死なれ、家は貧しかった。
母が市場で野菜を売って生計を立てていた。
早く働いて、母と弟を楽にしてやりたい。ユチョンの願いはそれだけだった。
そのために彼は懸命に学業に取り組み、一年早く高校を卒業すると奨学金も勝ち取りソウルの大学に進学した。
ユチョンは本来歴史や詩を愛する文学青年だったが、それでは食べていけないので建築学を専攻した。
3年で早期卒業し、大手の建築会社に就職する。それが彼の目標だ。
***
郵便物を確かめる手が止まった。
最後の一通が、印刷ではなく手書きの封書だった。
見慣れた母の字ではない。
ハングルをあまり書きなれていないような、小学生のような字だった。
ユチョンの胸が早鐘を打つように高鳴った。
まさか・・・
期待と恐れがあいまって、ユチョンはポストの前で立ち尽くした。
たどたどしいハングルで書かれた自分の名前をしばらくの間見詰めていた。
そっと祈る気持ちで裏返すと、
中村裕子
と漢字で書かれた差出人の名前があった。
あきらめて なお待ち焦がれし 文来る
その人のごとく 胸にかき抱く
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