飛び立つ前の雛たち 3 | 旭陽のブログ 別館

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2023.11.2
長年使用していたHNを変えました。

2022.10.2?
突然、
元宝塚星組男役スターの
七海ひろきさんのファンになりました。

誰かのファンになる時、
なぜかいつも突然なんです…

テーマ:
も~そうはつづく~よ、どこまでも~
行ける所まで行っておかないと、沸き出でた言葉たちはあっという間に飛び散ってしまうから・・・
書くしかないかと・・・
おかしなところは、気づいたときにこっそり直すので、ご容赦を・・・
                      

 



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3 嘘


鍵を開けるのにこんな時間がかかったか?

靴を脱ぐのももどかしく、部屋に入るなり引き出しを探った。

はさみ・・・

邪魔なダイレクトメールをゴミ箱に放り込む。

裕子の手紙をテーブルに大事そうに置いて、両の手をズボンでぬぐった。

慎重にはさみを入れる。

傷を付けずに、なるたけ綺麗に封を開けたかった。

封筒の中には、丁寧に折りたたまれた便箋とチケットが入っていた。

トプカプ・・・、カタカナは読めた。美術展のチケット?あの時見た美術品の展示だろうか。

便箋を開く・・・

几帳面に、慎重に書かれた、一行のハングル文字・・・

「・・・・・会いに来てくださいますか?」(すみません。ハングル挫折組です。書けません)

一行だけで分かった。それで充分だった。

一年の間に、何度書いては出さずに思い直し尚したのだろう。

ひらがなで、いいのに・・・ゆうこさんの、ばか・・・

文字が滲んでぼやけた。

それにしても・・・

会いになんか、行けるわけ・・・ないじゃないか。

お金はもちろんないし、ユチョンには時間もなかった。

うそ・・・ついたむくい、だな・・・。

今更後悔しても、唇を噛むしかなかった。


ユチョンは嘘が嫌いだった。

貧しくとも、それを恥じて隠すつもりもなかった。

実際、彼の端正な容貌を見て近づいて来る女子学生たちが、彼が貧しくしかも勉強にしか興味のない本の虫であることを知ると離れていくこともしばしばだったが、気にしないことにしていた。

女子だけではなく、男子学生さえ、誘ってもサークルにも加入せずコンパにも来ないユチョンを次第に敬遠するようになっていった。

ユチョンの学生生活は、孤独だったといえる。

ある事件をきっかけに親しくなった二人を除いては、彼の友は図書館の本だけだった。

一人は、一学年上のキム・ジェジュンといった。



彼は、女性かとも思える程の華やかな容姿を持った学生だったが、(事実、彼の周りにはいつも女子学生が取り巻いていた)その外見とは裏腹に、繊細な心を持った情に厚い人物だった。

彼は人懐こく、たまに会うと駆け寄ってユチョンに熱烈なキスを浴びせるのが珠に傷。

それは、ジェジュンなりの愛情表現であることは理解していたが、はっきり言って照れくさかった。

兄さんというのは、こういう人なのかと兄のいないユチョンにとっては嬉しく頼りがいのある人だった。彼にならば、なんでも相談できた。

もう一人は、同学年のキム・ジュンス。



愛嬌がある自由人で、ユチョンと殊更親しくなろうとするふうでもないのに、他の人間が離れて行っても変わらずに接してくれた。

何気なく、周りの人間たちがユチョンを傷つけていくとき、気にしない、平気だと言い聞かせていてもやっぱり凹んでしまう。そんな時に限って、いつもジュンスはそばにいて笑わせてくれた。

いつも三人でつるんでいる訳ではなかったが、たまさか一緒にいて談笑していたりすると、容貌に優れた三人組は自然、人々の視線を集めた。



誰が言うともなく、建築科の花の三人組と呼ばれるようになった。


ユチョンの理想の女性は、母だった。

物静かで、穏やかで、声を荒らげることなくそれでいて芯の強い人。

いつか、母のような人と巡り逢いたいと、夢見ていた。

有り体に言えば、マザコンだ。

現実に彼の周りにいる女性たちに彼は絶望していた。

だから・・・

あの日・・・

静かに、まるで塑像のように身じろぎもせず佇んでいる人に惹きつけられた。

その人の周りには、違った空気が取り巻いているように思えた。

そこだけ時間が止まっているかのようだった。

カメラを向けるでもなく、ただじっと青いタイルの壁を見つめていた。

やがて、彼女が庭園へと歩み始めた時、吸い寄せられるかのように付いていってしまった。

そのまま、門へと行ってしまうように思え、気がついたときには声をかけていた。

なぜ韓国語で話しかけたのだろう?

東洋系の顔をしていたから?

日本人かもしれないとは思わなかった。

一度だけの日本旅行の時、ユチョンはがっかりした。

日本の女性は奥ゆかしく、恥じらいがあって・・・と聞いていたのに、そんなのは過去のことなのだと気づいた。

東京は仕方がないと思った。

都会では、女性もきらびやかに着飾り賑やかに過ごしたいのだろうと。

しかし、京都や奈良やさらに地方の都市に行っても変わらなかった。

彼女たちは史跡や建築物の見学はそっちのけでわやわやと友達同士写真を撮り合い、美しい風景さえ目に映らぬように土産物売り場での買物に夢中だった。

彼の、少年のような女性への淡い憧れの気持ちはその時パチンとはじけて、砕け散ってしまった。

だから、まさか彼女が日本人とは思わなかった。

何も考えずに話しかけていた。母に似た美しい人は、当然韓国人だというように。

突然呼び止められ、話しかけられた彼女は、困惑していた。

あの、韓国の方ですか?私・・・、韓国語はわからなくて・・・

しまった・・・

とにかく、なんでもいいから彼女を引き止めたかった。

嘘を言うつもりは、なかった。

でも、無意識に、彼女にだけは嫌われたくないと思っていたのかもしれない。


趣味は、海外のいろいろな建築物を見てまわることです。 なんて・・・



偽りの 姿を示し 気を惹かん
        嘘が巡って 嘘を重ねる



画像お借りしました。