【読書】命の格差は止められるか~ハーバード日本人教授の、世界が注目する授業/カワチイチロー | THE ONE NIGHT STAND~NEVER END TOUR~

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「40歳からの〇〇学 ~いつまでアラフォーと言えるのか?な日々~」から改題。
書評ブログを装いながら、日々のよしなごとを、一話完結で積み重ねていくことを目指しています。

『命の格差は止められるか: ハーバード日本人教授の、世界が注目する授業 / カワチ イチロー』

パブリックヘルスについて書かれた本です。
と書くと「パブリックヘルスってなんだ?」ということになると思うのですが、、、読んで字のごとく「社会全体の健康を考える」ということです。医療が個人の病気を治療し健康を回復させることだとしたなら、パブリックヘルスは社会全体で病気になる人を減らす、病気の原因になることをなくしていくということだと言えると思います。

パブリックヘルスについての専門書は出版されていますが、手軽に読める「新書」のような形でさせれたのは初めてのようです。とてもわかりやすく書かれています。


<目次>
第1章 日本人はなぜ長寿なのか
第2章 経済格差が不健康の源
第3章 格差是正のターニングポイントー教育と仕事と健康の関係
第4章 健康に欠かせない「人間関係」の話
第5章 社会全体の健康はこうして守る
第6章 果たして、人の行動は変わるのか

日本は長寿国だと言われています。アメリカよりも平均寿命が4歳長い。これは「たかが4歳」ではないそうです。4歳というのは、アメリカが過去30年において獲得してきた平均寿命の延びを、再度30年繰り返すことでようやく追いつくことができる、ということです。

なぜ日本は長寿国になれたのか。食生活、遺伝、皆保険制度などが重要な要因であることは以前から指摘されてきました。しかし、それだけでは説明しきれないことも多いようです。そこで研究を重ねた結果、「人々の絆」や「隔たりのない社会」といったことが日本人の長寿に貢献していることがわかってきたそうです。

第2・.3章で言及されていますが、「格差」が拡がると社会全体に健康に害を及ぼすことは、以前からさまざまな形で指摘されてきました。「格差」によって生じる、教育格差や働き方、治安、心理的影響といったことが社会の健康をむしばんでいくのだと考えられます。

また、第4章で言及されるように、「人間関係」も健康に大きな影響を与えます。人は人の影響を受けますから、どんな人間関係の中にいるかは、健康にも影響を与えます。また、ソーシャルサポート(個人同士のやり取りによる支援)やソーシャルキャピタル(地域やコミュニティ全体の調和や協調性、結束力)が健康に良い影響を与えることも統計的には明らかになっています。

つまり日本が長寿国なのは、格差が小さい社会であり、(震災のときによく言われましたが)「絆」や「人々のつながり」を大切にしてきた社会であったからだ、と言えそうです。

このことは世界に誇るべきことだと思います。自慢するということではなく、平均寿命も短く、社会全体として健康だとは言えないよな国は世界にまだまだたくさんあり、そうした国に「処方箋」として日本が発信していけることはなのではないか、といことです。

しかし、現在の日本が向かっている方向はどうでしょうか。格差は確実に拡がっています。人間同士のつながりも希薄になってきています。「世界の主だった国に比べればまだまだ日本はまし」という論調もありますが、それでいのでしょうか?

「まだましだから、ここで食い止め、できれば少しでも前に戻そう」ということならわかりますが、「ましなんだから文句をいうな」ということであれば、話は違います。グローバル化という名のアメリカ化(しかもなぜか良いところは真似ず、悪いところだけ真似る)をするためなら国民全体の健康はないがしろにしてもいい、という話には僕は組するわけにはいきません。

「健康問題は個人の自己責任。社会全体のことなど考える必要はない」という考え方もあります。それも一つの立場でしょう。しかし、パブリックヘルスの研究の結果から得られた健康を守るためのポイントを「健康は自己責任」という観点でまとめると次のようになるのではないかと思います。

①貧困にならない。もし貧困ならばその状況を脱する。すぐに抜け出せないのであれば、できる限りその期間を短くする。
②貧困な親に生まれない。自分だけでなく、次の世代にも影響する可能性がある。
③自分の所得に関わらず健康に影響を及ぼすような、貧困地域には住まない。
④仕事を失わない。無職にならない。(p212~213)

この(とんでもない)項目、自己責任で回避できるのでしょうか(苦笑)僕は無理だと思います。

自分を取り巻く社会的な環境が変わることで。自分の行動が変わり、さらにそれが健康に影響を与える(p192)

個人に健康的な行動をとってもらうために、このような上流の原因に目を向け、社会の仕組みを変えていく必要があるのです。(p192)

もちろん、個人の意識と行動が変わらないと、社会の仕組みを変えられません。まさに「卵が先に、ニワトリが先か」という難問にぶつかります。

でもこの難問、パブリックヘルスに限らず、あらゆる社会的な問題に当てはまります。「社会の仕組みを変えなくていけない。自己責任を押し付けてはいけない」という視点を守りつつ、個人にどう訴えかけていくのか。しかも個人は理性より感情を優先します。理性的な訴えかけだけでは個人は変わらない。そこでどうすればいいのか、を考えて続けるしかないのだと思います。

この本ではそのための手引きとして、「行動経済学」を援用されていました。もちろんそれですべての課題が解決しているわけではありません。ただ、ひとつの方向性は示せているように感じました。


僕自身、おそらくこれから「パブリックヘルス」に深くかかわることはないとは思います。それでも、僕が課題として取り組もうと思う問題とパブリックヘルスには重なり合う部分が多くあるように思いました。また、先ほど書いたように、多くの社会的な課題は「卵が先に、ニワトリが先か」問題という難問を抱えています。そうした意味で、僕自身の今後の行動のために、多くの示唆がいただけた本だと思っています。

PS
この本を手にしたきっかけは、企画・プロジュースされたのが林英恵さんだったからです。林さんは昨年僕が読んだ本で一番好きだといつ続けて言る『それでもあきらめない ハーバードが私に教えてくれたこと』の著者の方。その人が精魂込めて関わったということなら読んでみようか、と思ったわけです。そうでなければ手に取らなかった可能性が高かった。でも読んでみてよかったです。読書もご縁だなと思います。「必要だから読む」というのもいいですが、何かのきっかけに思ってもみなかったものを手にすることで新しく開ける可能性もあるのだな、と思いました。