花粉症から気管支炎になり、頭がぼぉーっとしているが、頭のリハビリとして短い記事を書いて見ようかと。で、物理の話になる。と書いた途端に約80%の読者はスルーする。

小学校の生活科ではいくつもの滑車に紐をかけて訳が分からなくなり、中学校の理科ではばねばかりを伸ばし過ぎて元に戻らなくなり、高校の物理では水を入れたコップに紙を当てて引っくり返したら水浸しになった。悲しい思い出が頭をよぎる。しかし、そんな貴女もここは気を取り直して話を聞いてもらおう。


コップ


で、最初のお題。
「鉄1kgと風船1kgはどちらが重いか?」
「(そりゃ、風船の方が軽いっしょ。)」
「(どっちも1kgって言ってるんだからおんなじだわさ。)」
そんなふうに考えてくれる生徒はまれである。
「(んなことよりこの頃、コアラのマーチ、減ってね?)」
物理の話でなく、物価の話になったりする生徒の方が多い。


上のお題は「質量と重さの区別」という高校物理で最初につまづき、物理をあきらめる最初の原因となる項目である。結局のところ、重さというのは下向きの「力」のことであり、1kgで表される質量は物の「性質」のことである。質量を原因として地球が物を下向きに引っ張る力(重力)が決まる。で、鉄と風船に働く下向きの力は実は風船の方が小さい。というのは、風船にはより大きな上向きの力(浮力)が働くからである。そういうわけで、風船1kgの方が軽く、鉄1kgの方が重いことになる。

そういう屁理屈を聞かされて、教師に殺意を覚える生徒は少なくない。
「1kgの質量は地球でも月でも変わらないけど、重力は月での方が小さいんだ。」
「(月に行ったことあんのかよ。)」
浮世離れしている教師よりも地に足のついた生徒の方に分がある。


しかし、質量は重力の原因であるだけでなく、物の「動き出しにくさ・止まりにくさ」というまったく別の現象の原因でもある。これを慣性(惰性)と呼ぶ。体重の重い相撲の力士が動きにくいのは重力のせいでなく慣性のせいである。運動不足のせいでもない。

ともかく、「質量が重力と慣性(という別現象)の原因である」「重力と慣性は比例する」ということから、教師は浮世離れしたたわ言を続ける。
「重い物ほど大きな重力を受けるけれど動きにくい。軽い物ほど小さな重力を受けるけれど動きやすい。だからどちらも同じように落下する。空気抵抗が無い月面上などでは。」
「(だったら月に行って来いよ。目ぇ、突くぞ。)」


月



生徒の痛い視線を背中に受けた教師は、ガリレオが行なったという実験を思い出す。ピサの斜塔から鉄の玉と木の玉を落とす代わりに斜面を転がすというやつである。軽そうな缶ジュースと重そうな缶スープ(キャンベルのクラムチャウダーみたいなの)を買って来て、傾けた長机に並べる。
「缶ジュースと缶スープはどちらが速く転がるか?」
「(同じだって言いたいんだろ。)」
「(転がす代わりに缶、蹴らせろや。)」

で、実際にやってみると、缶ジュースの方が速く転がったりする。
「(失敗してやんの。)」
生徒の冷笑を振り払って教師は言う。
「坂の上で持っていた位置のエネルギーは運動のエネルギーに変わるが、缶ジュースでは中身が動かない、缶スープでは中身が回転している。回転のエネルギーに変わった分だけ、缶スープが進む速さは遅くなる。だから缶ジュースの方が速く転がるんだ。」
生徒は放課後、どや顔の教師を体育館の裏に呼び出し、蹴りを入れるのであった。


3


荒れる高校で物理を教えるのは難しい。



あらすじキーワード: 物理はなぜ嫌われるか 重力質量と慣性質量の等価原理 エネルギー保存則