うつくしく晴れたある日。
若い芸術家が歩いていると、うつくしいクラリネットの音が聞こえてきました。
「なんて素晴らしい音楽家だろう! 僕は君の音を色にえがこう!」
音楽家はおどろいて喜びました。
「なんて素晴らしい芸術家だろう! それはまさしく僕の音の色だ!」
そして今度は、芸術家のえがく色を、音楽家が音でかなでました。
そこに、うつくしい盲目の女の子がやって来ました。
芸術家と音楽家は、女の子に色々な色を見せてやろうと決めました。
芸術家はどんどんと色をえがいていきました。
音楽家は遅れずそれらを音でかなでていきました。
いろいろな色を見ることができて、女の子は喜びました。
友達になることができて、3人は喜びました。
おしまい。
なーんて内容の韻文を、イギリス時代に創作文章のクラスで書いたもんだ。
昨日のことのようだなあ。
ともあれ、色でも音でも、おなじ印象を創ることができる。
それは、おなじ現象を創ることができる、ってことだ。
色は、光が僕たちの目に映るもの。
音は、(空気とはかぎらない)モノが振動して伝わるもの。
形態が異なるものでも、特性は周波数で決まる。
周波数によって同じ効果をもたらせる。
万物の元である素粒子だって、振動するひもだ。
その振動率によって特性が決まるんだから、宇宙の万象がそうでマッタクおかしくない。
こちらの記事のライフ博士って人は、それを医療に応用して、技術を完成させたんだね。
『ガンが死滅する39・3℃の熱を光や音の周波数に変換出来ると奇跡が起こせる!』
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そして、資本主義の地下牢にほうむられた。
医療界のニコラ・テスラだ。
僕はこのままツラツラ書き続けるけれど、上リンクの記事はホントに読む価値アリだよ。
『311から4年。⑨ 続々・さらなる希望』ってタイトルで紹介したいぐらい。
こちらとも合わせてぜひ読んでみてください!
http://
『【 ガンを駆逐する周波数は60ヘルツ 】』
さて、ライフ博士。
時代をみてもテスラに近いね。
テスラをほうむった発明王エジソンもいた。
相対論のアインシュタインもいたし、量子論のプランクやボーアもいた。
さらにいうと、動力つき飛行機を飛ばしたライト兄弟もいた時代だ。
19世紀の後半から20世紀の前半は、科学革命・技術革命の時代だったんだね。
個人的には、19世紀の数学者リーマンの存在も見逃せない。
さかのぼって、17世紀にはフランスを中心に「科学革命」が勃興した。
「我思う故に我在り」のデカルトがいたし、イタリアにはガリレイが、イギリスにはニュートンがいた。
科学が進むところ芸術も進む。
科学と芸術は、「学術」として同根分枝の知性の表現だからね。
レンブラントやフェルメールがこの時代を象徴してると思うし、文学ならシェークスピアとかミルトンとか。
その現象が起こり得たのは、明らかに、その前にルネサンスがあって、さらに宗教改革があったからだ。
人間・社会が、人生を肯定的に解釈して、人間らしさを重んじて(人文主義)、より論理的な価値観をもって、よく働いて産業を推進した時代。
ダ・ヴィンチがいたし、ミケランジェロがいた。
ルターがいたし、カルバンがいた。
それに続いて科学革命が起こるのは、当然の流れだって言えるでしょう。
19世紀後半から20世紀前半の、科学・技術の革命的な発達は・・・。
ちょうど1世紀ばかり先行して興った、産業革命からの土壌によるものだろうね。
工場制が普及して、生産力がバカみたいに増大した。
蒸気機関で運輸・流通がバカみたいに促進された。
市場はにぎわって、みんなは仕事を求めてよく働いて、おカネを稼いでモノをもって、宗教から離れはじめた。
19世紀も後半になると、ものの考え方は大きく変わった。
さきに挙げたような科学や発明の人がおおく出現した。
芸術や文学ではさまざまな主義が生まれたし、「主義」って概念が生まれた時代でもあると思う。
それまでの芸術は、1様式が1時代をつくって象徴するオキマリのものだった。
それが、貴族や宗教のための形式・様式じゃなく、庶民の生活だとか人の自然な姿が描写されるようになった。
社会全体の生産・消費が加速してたから、大衆芸術や広告も発達した。
ロートレックやミューシャが描いた広告はいまも愛されてるね。
学術をするだけの豊かさが増してる、宗教による考え方の制約が減ってる。
それ以前よりも論理的で、率直な感性と優れた洞察力を磨けるようになった時代。
そんな時代なら、科学が飛躍的に前進したのも、そこからヒントを得た天才的な発明がキラ星のようにたくさん出現したのも納得だね。
新発明・新開発の技術ってものは、世にでた時点で、すぐにしぼむ花みたいな運命にある。
もちろん良い意味で。
ホント才能がある人ってのは必ずいるもんで、すぐにその技術を熟知して、すぐに最高の使い方をしちゃうもんだ。
もしくはすぐに応用して、次の発明をしちゃうもんだ。
その使われた技術が、世間的にはまだ普及も認知もしきられてないぐらい「すぐ」にね。
そのあとに、それに及ぶほどの技術使用・応用がされることは、むしろ少ないはず。
なにが言いたいかっていうと―――。
僕たち人類にとって必要な発明ってのは、20世紀の前半にすべてされてたんだね、ってこと。
テレビゲームの面白さが、初代ファミコンですでに極まってたようなもんさ。
それだけの才能が生まれる土壌ができてた時代だった。
華やかな、モダンな、まさに文明開化の時代だった。
でも、人類みんなの自由・お気楽さ・ハピネスを助長するそれらの発明は抹殺された。
テスラ博士・ライフ博士を抹殺したのは同じ勢力だと思っていいだろう。
そんでもって、ネズミグルマみたいに終わらない自虐と消耗の資本主義を続けてきてる。
まさしく、世界人口をネズミグルマに留めておくために、だね。
古代ギリシャの科学と芸術は、ローマに滅ぼされた。
それが1000年以上ののちに、他ならぬイタリアで見直されてルネサンスが興った。
20世紀前半の、失われた発明や技術も、復興(ルネサンス)を見るときが来るはず。
こうして僕たちが知り始めたぐらいだからね、そう遠くない未来だと思うよ。^^
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ちなみに。
「ルネサンス」(Renaissance)はフランス語の言葉。
日本語では「文芸復興」って訳されるね。
そのもともとの意味は「再生」だ。
西ローマ帝国の滅亡・知的暗黒時代・中世をへたのちに、古代ギリシャ・ローマ(特にギリシャ)の学術を復活させたからそういう。
ただ、文芸復興それだけをとってみる分には、表面的な行為・手段・現象でしかない。
内面の本質は「知性の復興」だ。
人々が、「知ること・考えること」、そして「よりよいと思う価値観を持つこと」に人生を楽しんだのがルネサンスだ。
知的暗黒時代に対して、じつに華々しい「啓蒙(クラきをヒラく)時代」だったんだな。
僕たちもね、テスラ博士やライフ博士みたいな発明ができなくたってイイの。
発明はあくまで時代の象徴的な産物。
ひとりひとりが知性を復興させるのがルネサンスであって、それがあって初めて、全体をあらわす「時代」ってものが形成されるんだからさ。
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