~NATROM氏のHPVワクチン論文解説記事は誤ったメッセージを伝えている~
【本ブログ記事をエントリーするに至った経緯について】
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HPVワクチンの副反応被害問題に関するツイートやブログを閲覧する中で先日、葉月さんという方のブログ記事が目にとまりました。
彼女はHPVワクチンの副反応被害問題やその有効性などに関して、海外論文を含めた様々な情報提供を精力的に行っている方です。
その葉月さんのブログ、「葉月のブログ」(1月22日付記事)の中で、HPVワクチンによる前がん病変予防効果のエビデンスが示されたとするHariri氏らの論文
“Reduction in HPV 16/18-associated high grade cervical lesions following HPV vaccine introduction in the United States – 2008–2012”
に批判的な論評を送ったPendleton氏らの Letter to Editor が紹介されていました。
そのブログ記事を読んで私も関心を持ったので、Hariri氏らの論文とそれに批判的論評を寄せたPendleton氏らの Letter to Editorを読んでみました。
以下に、その論文の6ページ部分を引用してみます。
このページにある「Table 2」の表は、NATROM氏も自身のブログ記事で引用しています。
論文を読みTable2を見ると確かに、最初に葉月さんがブログ記事タイトルに掲げた「ガーダシルの効果は4年で45%まで落ちるらしい」は、論文の誤った理解から生じていることが分かりました。この点ではNATROM氏の葉月さんへの批判は妥当で、また葉月さんご本人もそれを認めブログ記事を訂正されています。
ことはこれで落着したかなと思っていましたが、NATROM氏のブログ記事『「ガーダシルの効果は4年で45%まで落ちるらしい」というデマを検証してみた』をよく読んでみると、その内容が葉月さんへの批判にとどまらず、Hariri氏らの論文を過大に評価し、ミスリードを誘うものになっていると気づきました。
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以上が本記事をエントリーするきっかけとなった経緯です。
そこで最初に、Hariri氏らの論文の元になった研究がどのようなものであったのか、読者の理解を助けるために整理してみたいと思います。
この研究でおこなわれた統計解析手法と手順については、論文にフローチャート図で示されているので、それを以下に引用します。
Fig. 1. Flow chart of women studied from the HPV-IMPACT project.
まず、このフローチャート図と論文の「Methods」に沿って統計解析手法の概略を列記してみます。
① 米国5地域の医療データベース(2008年~2012年)から、スクリーニングを契機に発見された成人女性のCIN2およびCIN3/AIS病変のデータを抽出して統計標本とし、その標本におけるワクチン接種の履歴を調べ接種群と非接種群に二分する。
② ワクチン接種群については、その接種時期が病変の発見よりどれくらい前だったのかを調べ、その経過年月によって標本を6つの期間に区分(≦30days、0~12mos、13~24mos、25~36mos、37~48mos、>48mos)し、各区分における標本の「HPV 16/18」感染率を計算。
③ ワクチン非接種群は、参照標本として、全体の「HPV 16/18」感染率を計算。
このような手法によって計算された②および③の感染率が「Table 2」(上記引用の論文6ページ参照)の「%16/18」の項に示されている。
④ ②の各区分毎の感染率と③の非接種群の感染率の比を計算。
その数値が「Table 2」の「PR」に示され、人種や地域性等による偏りを補正調整した数値が「aPR 」として示されている。
以上の統計解析手法から分かるように、aPR(調整有病率)の「0.28」や「0.55」という数値を引き出したこの研究は、ワクチン接種群と非接種群におけるCIN病変の有病率の経時的変化やCIN病変における「HPV 16/18」感染比率の経時的変化を前向きに観察したコホート研究から得られたものではないことを、まずは押さえる必要があります。
過去の医療データベースから標本を抽出して統計解析を行ったこの後ろ向き調査研究から結論として引き出せるエビデンスには、大きな制約、限界があります[*1]。「0.28」や「0.55」という数値は、あくまでも上述の手法によって計算された「HPV 16/18」の感染比率であり、それ以上でもそれ以下でもありません。
この研究に内在する制約として第一に指摘しなけれならない点は、ワクチン接種によるCIN病変の減少効果を検証するために必要な対照群としての非接種群のCIN病変の経時的変化をみた具体的なデータがないということです。さらに、この研究では「HPV 16/18」以外の他のタイプのHPVによるCIN病変がワクチン接種後にどうなったのか、増えたのか減ったのか、変わらなかったのかということも検証されていません。
このような統計解析手法で得られた数値の「0.28」や「0.55」をもってワクチン接種による前がん病変の減少のエビデンスとする論文著者らの記述は、誤ったメッセージを伝えるミスリードなものになると考えます。
NATROM氏による同論文の解説にも同様な問題があります。
同氏は、「ワクチン接種群は非接種群と比較して4年以上ではCIN 2以上の病変は調整罹患率比0.28となる。」と、「0.28」の数値をそのまま前がん病変(CIN 2以上の病変)の減少率に当てはめ、ワクチンの効果を強調する解説をしていました。しかし、これも当該研究のミスリードな解説と言えます。
NATROM氏はブログ記事の最後に、
「これらはHPV 16/18特異的な病変の話であって、前がん病変全体の話ではないことに注意。このエントリーにくだらない難癖がつき、医療ジャーナリストが無批判にツイートすることが予測されるが、この研究にはさまざまな制限があることは承知している。」
と、「予防線」を張ったような「注釈」を入れていました。
しかし、「この研究にはさまざまな制限がある」というのなら、何故それについて本文の中で書かなかったのでしょうか。本文で書くほど重要なものではないとの認識なのでしょうか。「健全な懐疑心」の必要性をNATROM氏は説いています(この点については私も同意します)が、ならば、「この研究にはさまざまな制限がある」という点にこそ着目し、その観点からの掘り下げた吟味が「健全な懐疑心」に基づいた論文解説のためには外せない視点、論点ではないでしょうか。これは決して「くだらない難癖」ではないでしょう。
CIN病変やHPV感染は、ワクチン接種等の医療介入にかかわらず、その自然史において退行、消失することが報告されています。その進行/非進行や消退の割合について報告した臨床研究は複数ありますが、CIN2はそのほとんどが進行せずCIN3はその約3割が浸潤がんへの進行が見られるとされています[*2],[*3]。
自然経過においてHPVが排除されCIN病変自体も進行せずに消退、消失することも多いCIN2を含めた「CIN 2以上の病変」を、当該論文のように、ワクチン効果の指標にするのは、ワクチンのCIN3病変しいては子宮頸がんの予防効果を過大評価してしまうミスリードに繋がります。また、この研究ではCIN2の統計標本数がCIN3/AIS病変のそれに比べ圧倒的に多いことも、その過大評価をより助長することになります。さらに言えば、4年以降(>48mos)では「CIN3/AIS病変」の標本数が10しかなく、有意差を判定できる標本数に達しているとはとても言えません。
このような問題点については、当該論文を批判したPendleton氏らのLetter to Editorでも触れられています。
以上のように、NATROM氏の論文解説は、「注釈」にかかわらず、懐疑的批判精神を欠いたミスリードを誘うものであるという批判は免れ得ないでしょう。
ワクチンによる子宮頸がんの予防効果を科学的に検証するための最適な方法は、他の医療介入の有効性検証と同じくRCT試験と言えるでしょう。
被験者をHPVワクチン接種群と非接種群にランダムに2群に分けて観察をスタートし、経年的観察を経て「HPVワクチン接種群のCIN3/AIS病変の有病率が有意に低下した」という結果が出たなら、一定説得力あるエビデンスが得られたと言えるでしょうが、Hariri氏らの論文の方法論と解析数値からは、とてもそうとは言えず、Pendleton氏らの Letter to Editor の“No evidence in US of HPV16/18 cancer precursor reduction”というタイトルも的外れとは言えないと思います。
さらに付け加えなければならないのは、CIN3/AIS病変の有病率がHPVワクチンの有効性評価のための最終的なエンドポイントにはならないということです。真のエンドポイントは子宮頸がん死亡としなければなりません。
NATROM氏は「疑似科学」や「ニセ医学」批判を展開する際には懐疑的批判精神を行使しているのかもしれませんが、既存の標準や権威とされる医療・医学を解説する際には、その権威・体制に迎合する姿勢・観点に傾いてしまって懐疑的批判精神をどこかに置き忘れているのではないかと言わざるを得ません。
たとえばそれを示す例があります。
過日、ほたかさんがNATROM氏の自薦ブログ記事
『「過剰診断とは何か」早期発見・早期治療が常に良いとは限らない』
を批判するブログ記事
『NATROM氏のウソ~情報操作(乳がん検診の過剰診断を過小に見せるトリック)』
をアップされていました[*4]。
両記事を読み比べてみてください。
ほたかさんが指摘しているように、NATROM氏はコクランレビュー等、乳がん検診の有効性や過剰診断・過剰治療の問題を検証した一連の論文は知っているはずなのに、自身のブログ記事では、過剰診断・過剰治療は過小に死亡低下は過大に描いた「モデル図」を提示して、乳がん検診には明らかなメリットがあるかのような内容にしています。
NATROM氏が提示した「モデル図」は、乳がん検診のメリットとデメリットのバランスを評価する上で不適切で不当なものであると、ほたかさんや私が指摘してきましたが、一向に訂正される気配がありません。
こうして見ると、やはり彼も既成の医療や医学の権威に懐疑的批判精神をもって毅然と対峙できない、どこまでいっても「医療介入者」視点が抜け切れない人物と言えるでしょう。
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[*1] この論文の「研究」をNATROM氏は「観察研究」と書いていますが、論文執筆者たちが実際に「観察」したと言えるものは特になく、既存のデータベースを“調べて”標本抽出し、机上で統計処理しただけの「研究」なので、私は「調査研究」と書きました。そもそも、コホート研究でもないこのような後ろ向き「研究」に「観察」という修辞を付けるのはあらぬ誤解を生む不適切な表現だと考えます。
[*2] 子宮頸部前がん病変の進行・進展の予後に関しては時代が古い観察報告しかなく、それらを概観すると10~30年の観察で10~30%の浸潤がんへの進行をみたとされている。しかし、それについて私は疑義、異論があり、以下のブログ記事で書いているので参照してほしい。
高度異形成~上皮内がんは浸潤がんに進行するのか?(その1)
高度異形成~上皮内がんは浸潤がんに進行するのか?(その2)
[*3] 産婦人科医の中には、CIN3の7割が頸がんになると言ったり、必ず頸がんに進行すると患者を脅すトンデモな医師もいるので、これはこれで重大な問題。
[*4] 乳がん検診は、かってその有効性が大々的に唱われ多くの国々で多大な医療資源を投入して行われてきました。現在でも日本では40歳から米国では50歳からの検診がそれぞれ「標準」ガイドラインとして、「権威」筋の関連学会等から推奨されています。しかし、ほたかさんもブログ記事で書いているように、ここ10年くらいの間にコクランレビューをはじめ複数の研究論文が一流誌と言われる医学誌に掲載され、乳がん検診には乳がん死亡を僅かに低下させる可能性はあるとしても総死亡は変わらない(その乳がん死亡の僅かな低下でさえ、転移による死亡の一部が総死亡にカウントされる等のバイアスによるものだとの指摘が上がっている)というエビデンスが提出され、乳がん検診の有効性は根本から疑問視され問い直されています。
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