【31カ月目の福島はいま】合言葉は「しょうがない」。福島市民は被曝を受忍しているのか?
テーマ:被曝福島第一原発から67km離れた福島刑務所周辺を歩いた。阿武隈川の支流・松川の河川敷を中心に市営団地も放射線量が高いが、住民の口からは「しょうがない」ばかりがついて出る。国や行政による〝安全安心キャンペーン〟が進められるなか、住民の不安は必然と内向きになり、ついには「騒いだってしょうがない」。福島市民は被曝を受忍したのだろうか。いや、そうではない。福島で暮らすには、被曝から目を逸らさざるを得ないのだ。
【騒いだってしょうがない】
福島駅東口から路線バスで20分ほど。阿武隈川の支流、松川が音をたてて流れ、市営住宅の団地が立ち並ぶ。近くには福島刑務所や福島少年鑑別所がある。
「騒いだってしょうがないよ。国策だしさ」
元自衛官の男性(79)は淡々と話した。小雨の降る中、台湾生まれのレクリエーション、木球(ウッドボール)を楽しんでいる。ゲートボールに似たこの競技、清水木球場では50人を超える会員がいるという。
「われわれ年寄りはなあ…。ただ、子どもはあまり外で遊ばなくなった。以前はこの辺りも1.5μSVくらいあったからね」
雨が強くなってきた。男性は茶色いボールを叩く。ボールはゲートをかすめて右にそれた。「うーむ」。首を傾げる男性。私が持参した線量計は0.8μSVに達していた。それを伝えると、男性は川向こうの市営住宅を指さし「小さい子どもは、やっぱり心配だな」と話したが、さすが元自衛官らしく、最後まで国や行政を批判する言葉は出なかった。
福島刑務所の白い壁沿いに歩く。手元の線量計は0.4μSVを下回らない。周囲は水田や畑が広がる田園地帯。近隣住民はもちろん、受刑者も被曝を強いられている。
バス停で路線バスの到着を待っていた30代の女性はマスクをしていた。
「放射線量が気にならないかって?私の自宅は別の地区ですから、ここの線量の高さは心配です。でも仕事だから通勤して来ないわけにはいかないし…」
(上)福島市内を横断するように流れる松川。阿
武隈川同様、河川敷は高濃度に汚染されている
(下)松川沿いの市営北沢又団地。0.8μSVを超
すほどに汚染された土地もある
=福島市北沢又上稲荷川原
【線量測ったってしょうがない】
松川沿いの住宅街。自宅を改装したそば店を夫とともに経営する60代の妻は「あきらめちゃってるんですよね」と苦笑した。「最初の頃は自宅周辺の放射線量を測っていましたが、最近はまったく数値は分からないです。まだ高いですか?まあ、測ってもしょうがないですからね…」。
福島市による除染は、まだこの地区では行われていない。「いずれは来るとは思うんですけどね。この辺りじゃ、放射能に関する話題はめっきりなくなりました」。原発事故から時間を経るにつれて募る、国や行政への不信感。11月に行われる市長選挙では、現職以外の候補者に投じようと考えている。「市長はすべてを話してはいないでしょう。パニックになるという理由で」。
漠然とした不安と不信感とあきらめが複雑に入り混じる。先日、住宅の新築現場を通ると、家主は福島県外からやってきた若い夫婦だった。福島市が被曝の危険性の無い安全だと思っているのか、と複雑な気持ちになったという。新しい仲間がやってきたのを手放しで喜べない自分がいた。
自営業をやめ、夫と二人でそば店を始めて12月で6年。震災後は営業どころではなかったが、海外に避難するという近所の人から「ぜひ食べてから行きたい」と求められたため、10日ほどで再開。最近では、せめて子どもたちの被曝回避に役立ちたいと、山形県川西町を定期的に訪れ、手伝っているという。廃校になった農業高校の分校を利用した「おもいで館」では、地元の農家との交流もあり、自身も訪れるのを楽しみにしている。
店を後にして、河川敷の公園い立ち寄ると、福島市役所の測定値が掲示されていた。0.98μSVだった。
(上)松川に面した明神運動公園は、福島市の測
定でも0.98μSV
(下)小雨の中、木球(ウッドボール)を楽しんでい
た男性。「起きてしまったものは騒いでも仕方ない
」と繰り返した
【汚染を気にしてもしょうがない】
自宅に隣接した畑で花を摘んでいた60代の女性。「家の外で0.4μSV、場所によっては10μSVあります。室内でも0.2μSVですよ。除染っていったって、いつになるか分からない。時々自分で測っているけど、でもね…気にしたってしょうがないでしょう」と苦笑交じりに話した。
雨脚が強まるなか、タマネギの苗を植えていた60代の男性も同様の言葉を口にした。「タマネギも長ネギも自分の家で食べるだけだからね。放射線量が高いと言っても大したことないでしょ?気にしてもしょうがないよ、ワッハッハ」。だが、その後にポツリとつぶやいた言葉が彼の本音なのだろうと思った。
「放射能のことは考えないようにしているよ」
周囲のリンゴ畑には、真っ赤なリンゴがたくさん実っていた。
この街で線量計を手に歩いているのは、私一人だった。
白く高い塀の外は、0.5-0.7μSVの高線量。福島
刑務所の受刑者も近隣住民も被曝を強いられている
(了)