中国マフィア? | 香澄のブログ

香澄のブログ

ブログの説明を入力します。

 戦前の船の賃貸契約をめぐる訴訟で敗訴した「商船三井」の鉄鉱石運搬船が上海海事法院に差し押さえられたニュースは、戦後補償絡みの案件かどうかで日本政府や日本メディアの判断が揺れた。その背景にはさまざまな理由があるが、中国メディアから「対日民間賠償の第一人者」と呼ばれる男の存在もその一つだ。

 差し押さえは4月19日。その日のうちに海事法院のホームページで公表されたが、この事実をネット上で広く伝えたのがこの男だった。「中国民間対日賠償連合会会長」「中国民間保釣連合会会長」などの肩書を持つ童増氏。1990年代から対日賠償訴訟運動や「釣魚島(尖閣諸島)」防衛運動を組織し、反日デモの際には常に童氏の姿があった。

 「上海海事法院が第二次大戦中の財産損失の賠償として三井の28万トンの船を差し押さえた。これは中国の民間対日賠償で勝訴した初めてのケースだ。賠償金額は2億元(約30億円)前後にのぼる」

 童氏は裁判の原告からの情報として19日夜、中国版ツイッター「微博(ウェイボー)」に記した。これがリツイートされ、中国のネット上で大きな話題になった。目ざとく飛びついたのが、香港の中国系紙「文匯報」だった。童増氏に確認し、20日の朝刊でスクープした。

 日本など海外メディアの大半はこの文匯報の報道から差し押さえの事実を知ったようだ。……また、童増氏の登場だ。戦後補償案件に違いない。中国がついに差し押さえという強硬手段に出たのか……。私も現地の特派員なら直感的にそう考えただろう。

 日本のメディアは21日朝刊で報じたが、戦後補償に絡んだ裁判との位置づけで強制執行に出た中国を批判するトーンが強かった。菅義偉官房長官も21日の記者会見では「極めて遺憾だ。日中共同声明(1972年)に示された国交正常化の精神を根底から揺るがしかねないものだ」と強い調子で批判した。

 日中関係の停滞が続く中、今年2月には中国の裁判所が戦後補償に絡んだ訴訟を初めて受理し、他の案件でも提訴の動きが進んでいる。しかもオバマ米大統領の訪日直前という微妙な時期だ。中国が政治的狙いを持って差し押さえに出たのではないかと思わせる舞台設定は整っていた。

 これに加えて童増氏があたかも中国政府の代理人のように日本のメディアの取材に積極的に応え、対日民間賠償訴訟の正当性や今後、同種の裁判を模索する考えを表明した。これが火に油を注ぐ効果を生んだ。

 実際にはこの裁判は1988年に提訴され、2010年に商船三井の敗訴が確定していた。習近平政権発足前の話だ。裁判は日中戦争が始まる直前の1936年に「商船三井」の前身企業と賃貸契約した船2隻の賃貸料と船が沈没した損害を求めたものだが、そもそも原告側も裁判所も戦争とは関係のない民間対民間の訴訟と位置づけていた。

 78年も前の契約であれば時効ではないかという疑問が出るのは当然だが、時効にならなかったのも理由がある。中国の民法は87年1月に施行されたが、施行前の未解決の民事事件については88年末までの2年間に限り、時効の対象にしないという例外規定があった。今後、同種の訴訟を起こそうとしても時効の例外にはならない。

 なぜ、確定判決から3年もたってという声も出た。商船三井側は確定判決後も中国の法制度に従って原告との間で和解交渉を進めていたからだ。だが、上海海事法院は昨年12月に原告側から「和解不調」で強制執行の申し立てが出ていたと説明する。

 それでも強制執行には中国政府の意向があったはずという見方は消えない。童氏は民間とは名乗っているが、20年以上も活動を続けられたのはバックに有力な後ろ盾があるからだといわれてきた。だが、どちらも明確な証拠があるわけではない。臆測で外交はできない。

 中国外務省の秦剛報道局長は「商業契約をめぐる争いであり、戦争賠償問題とは関係ない。日中共同声明を擁護し、堅持するという中国政府の立場に変わりはない」と述べた。この問題で日本側とけんかをする気はないという表明だった。

 日本政府も「特異な事例」(菅義偉官房長官)として戦後補償問題とは切り離して対応する方針を表明し、外交的には決着がつけられた。商船三井側が供託金40億円を支払って差し押さえは解除された。

 ただし、「一件落着」というにはほど遠い、もやもやした空気が残る。中国では今回の強制執行劇を「勝利」と位置づけて、さらに対日賠償の動きを加速させようという動きも出ている。何より、日中関係が童氏という一反日活動家に揺さぶられたという印象が消えない。