「私だって娘と県外移住したい」~3年間我慢した福島市の母親、封印を解く時は来るか? | 民の声新聞

「私だって娘と県外移住したい」~3年間我慢した福島市の母親、封印を解く時は来るか?

原発が爆発事故を起こした直後から、汚染地を離れたいという気持ちをずっと抱えてきた。夫は反対した。仕事も辞められなかった。でも消えない「ここに娘と住み続けて良いのか」という葛藤─。福島市の母親(39)が移住への想いを語ってくれた。娘が小学校を卒業する前に移住を決意しようと思う。だがそれは、移住に後ろ向きな夫との別れを意味する。迷いは当然。すぐに答えは出ない。こんな非情な選択を迫る原発事故。これもまた、福島の現実だ。



【口にできない被曝への不安】

 原発事故以降、山梨県内の保養プログラムに定期的に参加している。現地で土いじりをしていると、小学3年生の娘が無邪気に尋ねてくる姿に涙がこぼれるという。

 「この花、摘んで良い?」「タンポポは触って良いの?」

 本当は福島から少しでも遠くに行きたい。保養のたびに「このまま福島に帰らずに移り住んでしまおうか」と考える。幸い、娘の甲状腺検査は異常なしとされる「A1」。検査結果にはひとまず胸をなでおろしたが、今後も福島市での生活を続けて良いのか、懸念は払しょくされない。
「友達にも本心は言えません。被曝の懸念や避難のことを、ここでは口にしなくなりました。山梨の保養スタッフだけですね、本音を口にして相談できるのは…」
 封印した被曝への不安。娘には免疫力を下げないようにと昔ながらの食事を作るように心がけてきた。他人に不安を悟られまいとする生活で、知らず知らずのうちに疲労を蓄積していたのだろう。娘を連れて山梨にまで保養に出かけると、ふっと力が抜けて何も出来なくなってしまうという。本音を隠し、気を張った福島での生活。保養の最終日に涙がこぼれるのも無理はない。

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放射線量が高いのは、何も特殊な場所ではない。子

どもたちが毎日、自転車で登下校をする場所も、被曝

の危険が十分にあるのだ

=福島市の文知摺橋


【夫の反対と職場の混乱がネックに…】

 あの時、夫は真っ先に避難に反対した。「避難?この子の学校はどうするんだよ?」。娘は新学期から幼稚園の年長になろうとしていた。夫の両親との同居は震災前から決まっており、自宅の改修も進んでいた。同居を心待ちにしていた義父母、完成間近の二世帯住宅…。本音を封印するには十分すぎる環境だった。

 仕事も障壁となった。専門職のため代わりがいない。震災後の混乱の中がむしゃらに働いたが、本当は避難したかった。何人かの先輩が、仕事を捨てるように福島県外に避難して行った。「こんなときに逃げるなんて…」。同僚たちは、避難した先輩たちへ露骨に敵意を示した。「実は私も…」。何度、この言葉を口にしようとしては飲み込んだだろう。

 「とても避難を言い出せる状況ではなかったです。人手不足で混乱し、おまけに私は今の職場に転職したばかり。仕事を辞めるなんて不可能でした」。山形県に避難した友人から「こっちにおいでよ」と何度も誘われたが、「うん」とは言えなかった。

 気付けば3年。仕事に子育て、日々の生活に忙殺されて、ふと原発事故のことも放射線ことも忘れる瞬間があるという。「ついつい、流されそうになる自分がいるんですよね」。

 県外の避難先から福島市に戻ってきたママ友もいる。国や行政のアピールが奏功したか、街は原発事故などなかったように日常生活を取り戻した。今年の3.11、メディアはこぞって震災特集を組んだが、新聞もテレビも観なかった。観たところで、娘を放射線量の低い土地に連れて行ってあげることはできない。
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小学生たちの登校風景。福島駅西口のモニタリング

ポストの数値は下がったが、通学路の放射線量は依

然として高い。安心するにはまだ早い


【移住に傾く気持ち、消えぬ迷い】

 「ここのお母さんたちは、普通に暮らしているように見えても何らかの不安を抱えているんです。時間が経つにつれて口に出しにくくなってますからね。外からでは分からないんです」

 自分もその一人…。

 しかし、我慢も限界だ。封印してきた避難への想いが、いよいよ頭をもたげてきた。

 「これから決意するとしたら、もはや短期避難ではなく移住になるでしょう。夫と一緒に移住することは無理ですから、母子2人での移住になるでしょうね」

 思春期を迎えることを考えると、避難を決断するなら娘が小学校を卒業する前しかない。時間がない。あとは自分が踏ん切りをつけるだけ。でも迷う。「娘はパパっ子なんですよ。被曝の不安を抱えたまま福島市での生活を続けるのが良いのか、夫と引き離してでも放射線量の低い土地に移住するのが良いのか…。答えは出ません」。迷いは当然だ。
 夫に内緒で自分の気持ちと向き合う日々。夫に相談すれば反対されることが分かっている。もしかしたら、先回りされて移住できなくなってしまうかもしれない。周囲からは「そろそろ、弟か妹はまだ?」と言われるが、原発事故による汚染が解消されないなかで、子づくりする気持ちにはなれない。「福島県外に出てからでないと、出産なんて考えられません」。
 移住を決意する時、それは夫との離婚をする時だ。非情な選択を女性に迫る原発事故。これもまた、原発事故の厳然たる一面なのである。


(了)