読んだ本
子供の消えた惑星
ブライアン・オールディス
深町真理子訳
創元推理文庫
1976年5月

注 現在のタイトルは「グレイベアド
子供の消えた惑星」

原書
Greybeard
Brian W. Aldiss
1964

ひとこと感想
核 戦争後、放射能汚染のため子どもが生まれなくなり、わずかに残った子どもを奪い合って再び戦争が起こっているという絶望的な話。しかしさらにもっと深い絶 望が待っていた――。その結末については実際に読んでいただくとして、本書は単純な「絶滅もの」ではなく、「私たち」の「絶滅」を描いているところが特徴となっている。 

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ブライアン・オールディスは1925年英国生まれの作家、評論家。本作は、全体的に「思考」のための「小説」という体裁のようだ。私たちは「核戦争」や「文明」や「人類」といったものにたいして、どこまで本気で考えているのか、作者からつきつけられている。

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タイトルの「グレイベアド」は主人公であるアルジャーノン・ティンバレンの風体からつけられたあだ名であり、本書では「灰色ひげ」と訳されている。

彼の妻は、マーサ。

そして荒廃した世界のなかで、怪しげな言動を続けているのが、バニー・ジンガダンジロウという、やや日本人名に近い変な名前の男。

チャーリー・サミュエルズは、グレイベアドの近隣に住む者。

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2029年という時代設定、すなわちSFである。書かれた年は1964年だから50年以上先だったが、現在(2014年)からみれば、あと15年後の世界、ということになる。

本作は、英国のSFに多い、いわゆる「破滅もの」の一つに数えられるが、その特異点は、タイトルにあるとおり、「子供」が「消えた」世界を描いていることである。

いや、「子供」だけではない。「若者」もいない。50代がもっとも「若く」、みな、それ以上の歳なのである。

2029年において50歳ということは、1980年あたりに生まれた人間を最後に、その後、子どもが生まれなくなったという世界。

つまり、オールディスが本作を書いていた時点から言えば、その15年後にこうした事態が生まれたということである。

要するに、近い将来、こういうことが起こりうる、という不安感や恐怖感をベースに、その先の未来を描いているのである。

なお、子どもが生まれなくなった理由は、「変事」と呼ばれている「人災」が起こったからである。

冒頭ではあまり詳しく述べられていないが、知ってのとおり、放射線被曝は生殖能力に強い影響を与える。

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「彼が11歳のとき、あの放射能異変が襲ってきた――人びとが「変事」と呼んでいる、だがじつは人間の故意の行為の結果だ。1年後、父親は癌で死んだ。」(186ページ)

「彼」というのは登場人物の一人、チャーリー・サミュエルズで、グレイベアドの隣人である。

このくだりを読めば、明らかにこの「変事」は原子力にかかわりがあることが分かる。

また、この「変事」のあと、少なくなった子どもの奪い合いが国際紛争にまで至り、2000年前後に大きな戦争が起こる。

さらに2018年以降には、英国で
コレラが流行する。

チャーリーたちは地方へと移り病から逃れようとする。

その際、たどり着いたのが「スパーコット」という避難所であり、ここでかつての同僚であるティンバレンと再会する。

それが、2019年。ティンバレンは26歳。

ちなみに彼らは「原子銃」というものを利用している。また、「小型原子弾」という武器も登場する。これらがどういったメカニズムになっているのか、その説明はない。

チャーリーは友と再会したあと、ともに飲もうとして店に入るが、まだ友は来ていない。その間、別の仲間に、次のように語る。

ようやく「変事」の詳細が語られはじめる。本書の1/3くらいのところでである。

「あんたの国とおれの国とがあの運命的な爆弾を爆発させたとき、おれは11だった。」(195ページ)

少し前に書いていた「変事」がここで「爆弾」の「爆発」で起こったことが明らかになる。

すなわち、原水爆である。

しかし興味深いのはそのあとである。

「1981年の「変事」のあと、生物圏は放射能で濃密に汚染されてしまったので、だれもその汚染のレベルをさらに高めようとするばかはいなくなったのである。」(200ページ)

このように、この作品のなかでは、「ばか」はいなくなるのだが、現実には、いなくならない。

では、「ばか」がいなくなったあとの動向はどうだろうか。

「いうまでもなく、各国軍隊の戦略核兵器はいまなお残存しているし、中立国はつねにそれにあついて抗議を行っているけれども、げんに戦争がある以上、それは戦わねばならず、戦うからにはなんらかの武器が必要であり、おまけに小型核兵器の生産は依然として続行されているのだから、それらは使われているという次第なのだ。」(200ページ)

「小型核兵器」が利用されている。

これは、放射能汚染がない、ということなのだろうか。これも謎である。

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さて、ところで、チャーリーとアルジー(ティンバレン)の使命は、生き延びた子どもを集めることであった。

「変事」のあと、当初は、生まれてくる
障害をもっていた子どもたちは「片っ端から合法的に殺戮」(201ページ)されたという。

だが、その後、もしかするとその次の世代には「正常」化するという希望を抱きはじめ、子どもたちを保護することが目的となってゆく。

これは「経済戦争だ」と、言う。つまり、「先進国」はそうした子どもを否定し殺戮したが、「後進国」はそうしなかった。大事に育てた。

その「後進国」の子どもたちを「先進国」の大人たちがさらって、自分たちの後継者にしようとしている、そこで子どもの奪い合いがはじまり、戦争をしている、そういう世界なのだ。

「「子さらい作戦」で集められる子供のうち、96.4%までが外部的または内部的な奇形を持っている。」(201ページ)

これは「狂気」とみなされるが、それでは、今私たちの暮らしはどうだろうか。

自分たちが生きてゆくために必要な食料や資源を濫費し、自然環境を破壊する姿。

これが「狂気」ではない、と言える保証は、どこにあるのだろうか。

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本書のなかでもう一つ、風変わりなコンセプトがある。

こうした世界のなかで、その状況を記録保存しようとする組織がつくられる。

「全世界現代史記録保存協会」(Documentation of Universal Contemporary Hisotry)

略して「DOUCH」。

現在の人類が絶滅するのかもしれない、という予測が、こうした組織を用意した。

厳密に言うと、三つの可能性が、ここで提示されている。

第一に、「絶滅」が完全なる消滅を意味しておらず、わずかに残される可能性がある、と考える場合である。

その残された人類に、これまでの人類の英知を伝えようとしてのことであるが、それはおそらく人類の愚かしさをも伝えるためでもあるだろう。

第二に、完全なる消滅を意味する場合である。

この場合、この「記録」は人類に対してではなく、地球外生命体に対してのものである。

また、第三の可能性は「SF的」だという注釈がつけられている。

この地球上において、他の生物が人類に代わって、文明を築くかもしれず、その生物に向けて記録を残す、というものだ。

「大熊かゴリラのたぐいが、その線に沿って歩みはじめているかもしれんよ」(211ページ)

いずれにせよ、ここには、大英帝国の凋落とともに形成された、シュペングラー流の「西洋文明の没落」論の影響がある。

「彼は人類という種族が、寿命の終わりに到達したのかもしれないという厳粛な事実を認めた。」(236ページ)

と、グレイベアドは考える。

核戦争を生き延び、コレラを生き延び、わずかに生存する「子ども」を見つけ出し、保護して、自分たちの「文明」や「歴史」を継承してもらおうともがき苦しむグレイベアドであるが、はたして彼の願いは、報われることになるだろうか。

それは、実際に本書を読んでみていただければと思う。


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