今週は結構映画館で映画を観ることができました。『グランド・ブダペスト・ホテル』、『野のなななのか』、『ホドロフスキーのDUNE』などなど。どれもすばらしかった。そして昨日は『青天の霹靂』を観ました。主人公はマジシャン。カードマジックやスプーン曲げなどが劇中にどんどん登場して華やかです。影響を受けやすいでおなじみの私は一人、映画館の帰りにデパートのマジックグッズ売り場に向かいました。

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いろいろ種類があるなあとふらふらしていたら、エプロン姿の女性に「なにかお探しでしたらご案内しますよ」と声をかけられた。デパートの人かと思ったら出張販売に来ているマジシャンらしいのだった。家庭感あふれるその女性は、手品師というより調理師といった雰囲気である。何も探していなかったけれどとっさに私は「このスプーン曲げってもしかしてすごくやわらかいんですか」と、売られていたスプーン曲げキットについて質問した。女性は「はい、それはスプーン自体にしかけがあるタイプですが、ほんとに曲げられるようになりたいんだったらこちらをみて3日勉強するといいですよ」と言い、数千円のDVD(普通のスプーン5本付き)をすすめてきた。解像度の低い画像が貼られた手作り風のパッケージはいかにもあやしげで全然買う気が起きなかった。映画を観て少し興味を持っただけのこのモチベーションが3日も持つとは到底思えないし。

「3日もがんばるのやだなあ。」
私は3日坊主も失格の、冷静に考えたら結構だらしないひとことを素直に放った。すると女性が小さな声で「まあ、私が直接教えたら5分でできると思うけど」とつぶやいた。私はその言葉を逃さなかった。

「じゃあ、いまこのDVD買ってくるんで、ここで教えてください!!」

女性は3秒ほど考えたのち、息を吐きながらちょっとセクシーな声で「いいわよ」と言った。私は浅はかな若者のように「まじすか!」と言いながらダッシュでレジにむかった。

でも、こういうDVDは人間、1本くらい持ってたっていいと思う。考えてみてほしい。スプーン曲げや超能力のビデオ、空手で強くなれるビデオや背が伸びる12回払いのビデオを若い頃に買って持っている大人と持っていない大人、どちらが人として信頼できるだろうか。私にはわからない。


急いで帰ってきたらマジック売り場にはへんな若者がいた。「あの~自分もスプーン曲げは見たことないんで見てもいいすか~。」冗談じゃない。私はいまDVDを買ってきて、この女性からこっそりスプーン曲げを習うことができる権利を非公式に手に入れたのだ。便乗はありえない。人だかりができたりして目立ってしまっては、女性が「やっぱりここでは教えられない」と思ってしまうではないか。そんな私の「遠慮したまえ」という無言の気迫に気づいたのかはわからないが、若者は不自然な感じで去っていった。すまんな。


女性に小さく手招きされて私はマジックブースの内側に入った。女性はまず、「スプーンがほんの少し曲がったように見える手品」のやり方を教えてくれた。これは教えてもらわずとも見れば簡単に仕掛けがわかる手品で、いまどき小学生でもだまされないんじゃないかと思った。しかし女性と私のこの突然の師弟関係はかなり危ういもので、いつ破棄されてもおかしくないとビビっていた私は「ええ!すごい!」と大げさにリアクションをとっておいた。それが10分続き、(もしこのやり方だけしか教えてくれなかったらどうしよう…)と心配し始めた頃、女性は2つ目のスプーン曲げについて説明しはじめた。


2つ目のスプーン曲げ法は、すごかった。女性がスプーンのくびれを両手で軽く持ち、目線の高さまで腕を上げてから「ふっ」っと力を抜きつつおろしてくると、その瞬間にスプーンはもう曲がっている。超能力のよう。これこれ、これだ。私がやりたかったのは。小声で仕掛けを聞くとゾクゾクした。数回練習するとなんとかできるようになってきたが、女性に比べるとやはりぎこちない。それを見た女性は私の耳元で「私、毎週水曜日に入ってるから、またわからなくなったら来て。」と言った。なんだかエロいと思った。

私はよくお礼を言って売り場を去った。今日から、私にはスキルが1つ増えたのだ。早く誰かに見せたくて仕方がなかった。


その晩、中華料理店に夕食を食べにいった。ピータン豆腐を注文すると、ちょうどいい具合の銀色のスプーンがついてきた。それを見た私は瞬時に、用意したものではなくて、こんなふうに偶然そこにあったスプーンを曲げたらかなりかっこいいだろう、と思った。まだまだ練習不足なのはわかっていたけれど、いちかばちか試したい気持ちがピークに達し、料理を運んできた中国人店員に声をかけた。



「请看一下。」
(ちょっと見てください)


そして私はピータンのスプーンを曲げた。予想以上にうまくいき、どうだまいったかといった感じで顔をあげると、店員は棒立ちのままで無表情をしていた。



「怎么样?!」
(どうですか?!)


「...好。」
(...いい。)


それだけかよ!!!
結構うまくいったのに!!!


結局店員はそのまま奥の厨房に消えていった。私はチンタオビールを飲み干し、うつむきながらスプーンをもとに戻した。落ち込んでいると、店員が戻ってきて言った。こんどは興奮顔だ。


「你中文怎么学!?」
(どうやって中国語勉強したの!?)


「えっと...自...自己...学?」
(自習です)


「厉害!!」
(すごいよ!!)



彼にとっては私の完成度の低いスプーン曲げより、中国語で話しかけたことのほうが面白かったようだった。
私も私で、ビールを飲んで気分がよかったのもあり、なんにせよほめられたから満足、という感じになった。




帰宅後、一応買ったものの観ないかもな、と思っていた例のDVDをめちゃくちゃ真剣に観た。




そして今朝起きたら二の腕が筋肉痛です。おかしいな超能力のはずなのに。