はじめに

前回は、矢倉の▲4六銀戦法に関連して、早目に△5三銀とする形を紹介しました。

実戦例も多数有ることから、昔の森下先生の著書にある悪手の評価は変わっているのでしょうが、実際にどうすればいいのかは、よくわかりませんでした。

今回は、4六銀戦法のルーツから現在に至る変遷をまとめて記事にしてみたいと思います。


4六銀戦法への道1:旧24手組

もともと矢倉の▲4六銀戦法とは、加藤流から▲4六銀と出る駒組みの事を指していました。

昭和50年代半ば頃までは、飛車先不突き矢倉では無く、旧型の矢倉24手組(A図)に近い形を経由して駒組みを進めるのが常識でした。

(A図)



昭和50年代半ばは、▲1五歩▲3七桂型のスズメ刺し(B図)が棒銀に相性が悪い事が知られていき、スズメ刺しが衰退した頃にあたります。

(B図)



そのためA図から▲1六歩とするスズメ刺し模様の作戦が減り、▲6七金右△4三金右と中央を厚くして▲3七銀と上がったり(C図)、A図から単に▲3七銀と上がり△6四角▲6七金右としたりして、今で言う「加藤流」のルーツに当たる指し方が増えてきます。

(一応、今で言う脇システムの形や3筋7筋交換の変化も有りましたが、昔からこれらの変化はあまり好まれていない印象が有ります。)

(C図)



そのうちに、▲3七銀型で▲1五歩と伸ばす形が出現します。(D図)

(D図)



D図の形自体は、当時スズメ刺し模様との関連からの試行錯誤の末に出てきたものだと思われます。この局面は▲3八飛とした所ですが、代わりに▲1七香~▲1八飛として、後手の△2四銀に▲2五歩から駒組みを進めたり、D図の後▲4六歩~▲4八銀~▲3七桂と駒組みを進めたりする実戦例が中原vs加藤戦などに見られます。D図から先手には▲1七桂~▲2五桂として攻める狙いが有り後手は△2四銀と受けます。そうこうしているうちに、▲4六銀と出る形が出現した様です。

(ついででは有りますが、加藤流の工夫とされている△5三銀型に対する▲3八飛が、実は▲4六銀型のルーツに当たる指し方と類似の形になるのは非常に面白いです。もちろん後の狙いは違ってきますが。)


現代の加藤流では▲4六銀と上がるタイミングに困るのですが、ごく初期は後手はさっさと△6四歩と突いて四手角を目指したので、▲4六銀と上がる事が出来ました。(E図)


(E図)

(▲4六銀まで;昭和54年3月;第4期棋王戦 加藤vs米長戦)

四手角だと速度負けすることで、後手は△6四角型のまま△7三銀と上がる様になり、やはり▲4六銀と上がれていました。(F図)

(F図)

(▲4六銀まで)

そのうちC図の▲3七銀の時に△5三銀と対抗する様な指し方も出てきた様です(G図)。この形は先手の飛車先不突きに対して、後手が△5三銀からの急戦矢倉を見せたのに呼応して▲2六歩と突いた進行から同じ形になる実戦例も多い様です。(▲3七銀の時に△5三銀とするのは3筋交換に△4五歩からの盛り上がりが一手早くなる意味です。)

(G図)

(△5三銀まで)

G図からは▲4六銀に△6四銀と同型にしたり、△5三銀型で△4二角~△5一角~△7三角として徹底抗戦の形にします。この△5三銀型の徹底抗戦策は、現在見られるものと比べると、後手が一手損になっていました。


4六銀戦法への道2:飛車先不突き

一方で、飛車先不突き矢倉も、初期のスズメ刺し模様から、3七銀での3筋交換、早囲いと後手急戦矢倉の模索と進化して、森下システムにたどり着きます。(H図)

(H図)

(△6四角まで)

矢倉の▲3七銀戦法は、現代では25手目に▲3七銀と上がりますが、1980年代後半~1990年代初めは25手目から▲6八角△4三金右▲7九玉△6四角(H図)とした森下システム模様の局面で▲3七銀と29手目に上がる手順がメインでした。(この形は出だしだけ森下システムですが、完全に▲3七銀戦法に移行します。)


この時代(森下システム全盛の1980年代後半~1990年代初め)は、後手に△6四角(または△7三角)型で牽制されると、▲3七銀型から▲4六銀型に組めるか、ハッキリしていませんでした。

(▲4六銀と出て、△4五歩▲3七銀から先手が4筋を目標にして戦う指し方を、有吉先生が得意にされていると、谷川先生の自戦記に記述されていた様な記憶があります)


そこで、H図から29手目に▲3七桂として、玉を囲ってI図の様な形から▲5七銀~▲4六銀の手順で▲4六銀戦法に組んでいました。

(I図)

(以下▲5七銀△7三角▲4六銀△2四銀で▲4六銀戦法)

言い換えると、現在見られる▲4六銀戦法は、もともとは▲3七銀戦法からでは無く、森下システムからの変化の一つでした。(▲4六銀戦法の▲2五桂に△4五歩とする受けも、△8五歩型に矢倉穴熊にする指し方も、実はこの森下システムから組む時代に指されています。)


1993年に出版された羽生の頭脳の矢倉編(5巻と6巻)でも、▲4六銀戦法の形は、森下システムの一変化として分類されています。一方で▲3七銀戦法の方には後手がJ図から△2二玉と上がるのは甘く▲4六銀戦法にされてしまい、△3一玉型のまま△8五歩と伸ばすと▲4六銀戦法には組めないという解説がされています。

(J図)



この状況が変わったのは1993~1994年頃の事だと思われます。「最新戦法の話」によると、J図以降、先手がすぐに▲4六銀と出れるのがハッキリしたのが、1993年の森内vs佐藤(康)戦だということです。(K図)(ただし、この森内vs佐藤(康)戦は△8五歩型では無く△2二玉型。)

(K図)

(J図以下△2二玉▲4六銀△4五歩▲3七銀△5三銀▲4六歩△同歩▲同角△同角▲同銀△4七角▲3七銀△6九角成▲6八金引△5九馬▲6七角まで;K図)

なお、このK図に至る手順は△2二玉型で無くて△8五歩型でもいいようで、森下先生の「現代矢倉の闘い」では△8五歩型で解説されています。(後手は△4五歩と突くつもりなら、△2二玉型より、△8五歩の方が望ましい様です。)

K図の変化は、△4五歩に対して▲3七銀と引いた後すぐに▲4六歩から反発する指し方ですが、古くから有った▲4八飛と回ってから▲4六歩と突く指し方も有力な手段であるようです。(L図)

(L図)

(J図以下△8五歩▲4六銀△4五歩▲3七銀△5三銀▲4八飛△4四銀右▲4六歩△同歩▲同角△同角▲同銀△4七歩▲3八飛△4九角▲2八飛△4八歩成▲同飛△2七角成▲4五歩△5三銀▲5七金△3六馬▲4七金△1四馬▲1六歩△4二銀左▲1五歩△2四馬▲3七桂まで;L図)

K図、L図の変化が丁度、羽生の頭脳の矢倉編が出たすぐ後頃に出てきた事になった訳です。その翌年に発行されている、中村修先生の「現代矢倉の基礎知識 上・下」にはこの新しい変化が記載されています。


そしてその一方、森下システムに対して天敵が出現します。スズメ刺しそのものは対森下システムの作戦として、1990年代に入ってから現れていた様で、羽生の頭脳にも既に記載されています。天敵になったのは、△5二金型のままで仕掛けて、その後の手順も工夫された事に有ると思います。

後に深浦流が出現して、森下システムスズメ刺しに対抗出来るようになりましたが、この時には完全に流行が▲3七銀戦法に移ってしまっており、森下システムが再度大流行することにはなりませんでした。

(ここでも余談ですが、旧矢倉24手組の時代に▲6七金右~▲6八角から後手のスズメ刺しを誘って▲4六銀型から▲5八飛として、後手に△4三金右~△6四歩とさせて後手の速攻を封じようとする指し方が有りました。変化は違いますが、深浦流に通じるものを感じます。)


こういった事情で、▲4六銀戦法に組むのに、森下システムからは組めなくなり、▲3七銀型から組むようになりました。

ところが、上でも少し触れていたように、この時点では既に▲2五桂に対する△4五歩の反撃(M図)も矢倉穴熊を狙う指し方(N図)も現れていたわけです。

(M図)

(△4五歩まで)


(N図)

(▲9八香まで)


さて、この頃、矢倉以外の分野で大きな変化がドンドンと起こります。95年に藤井システム、96年にゴキゲン中飛車、97年に中座飛車という風に、後手番の有力戦法が出てきたわけで後手が矢倉を受けずに他の戦型を選ぶことが可能になるわけです。


そうして矢倉の定跡の進化が緩やかになるわけです。

そんな中で、97年に△9五歩型が出現します。(O図)(たまたまと思いますが、森下システムvsスズメ刺しでの深浦流が現れたのと同じ年になります。)


(O図)

(△9五歩まで)

O図の△9五歩型の出現で、先手は▲9八香から矢倉穴熊に組もうとすると△9三桂から潰され、▲2五桂から攻めようとすると△4五歩からの反撃が厳しいという事態に直面します。
先に触れた様に、この時期は他の戦型の流行により矢倉の進化は緩やかになっていますが、高橋道雄先生などにより、O図から▲9八香△9三桂の時に▲2五桂から戦いを始めたり、O図から▲5七角として仕掛けのタイミングをはかる様な指し方が試みられていました。

その結果、宮田新手の▲6五歩が出現しました。

今回の記事では、ここまでとさせていただきます。

まとめ

矢倉の▲4六銀戦法は、加藤流からの▲4六銀型と同様の攻撃形を、森下システムの形から組み上げることで誕生しました。

やがて、森下システムに対策が出た頃に、▲3七銀型から▲4六銀戦法に組む手順が整備されて、現在の流行につながる条件が揃って来ましたが、宮田新手以降も、いろいろと山あり谷ありなのは、勝又先生が、いろんなところで書かれていて有名だと思います。



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