土岐山です
土岐山只今
猛烈に感動致しております(T_T)
本日、11月23日、新嘗祭のあるこの日
秋田県北秋田市にあります
合川中学校で
『弁当の日』を発案された
竹下和男先生の講演会がありました
『弁当の日』とは
子どもが一人でお弁当を作る取り組みです
親は決して手出し口出ししない
今日は、その『弁当の日』に関する講演会
土岐山、行ってまいりました
実は土岐山
三連休の中日ですから
学校で講演会って言っても
有志の父兄の方々だけだと思っていたのです
ところが
すごい!!!
しかも今日は
講演会が始まる前のお昼の時間
食堂で
自分で早起きして作ってきたお弁当なんです!!!( ´ ▽ ` )ノ
すごい!!!( ´ ▽ ` )ノ
すごいよ!!( ´ ▽ ` )ノ
どの生徒さんも
見せ合いっこや、取り替えっこをして
とても楽しそう!(^^)
生徒さんだけではなく
先生も!!(^^)
合川中学校の先生方
北秋田市の職員の方々
そして父兄の方々との
学校、親、地域の三つが力を合わせて
実現をしたそうです
合川中学校の保険委員会プレゼンツの
食寸劇が始まりました(^^)
『愛情を感じるかどうか』
をリサーチしたことです
皆様、お忘れでしょうが( ̄▽ ̄)
土岐山は、愛情料理研究家として活動しています
おだしプロジェクトはその一環です
料理に愛情を込める事は難しいのです
愛情は、化学調味料のようにお金を出して買えないからです
相手に対する愛情が自分の中に無くては
愛情料理を作ることはできません
料理を作る時に大切なことは
自分は料理を作る人に対しての愛情を持っているのか
持っていなければ、どうしたら愛情を自分の中で育てていけばいいかを思案することだと
土岐山は思います
竹下先生は仰います
「人に喜んでもらうことをすることが、人間形成で一番大事である」
と
「人間は誰かの手を借りていなければ、ここまで生きていられない。ここまで生きているということは、必ず誰かから愛情を注がれている。それを忘れるな」
と
「愛された子どもは必ず幸せになる」
と
『弁当の日』を実施する学校は、年々増え続けています
子どもの成長にとって悪いと判断されていたら、この取り組みはとっくに無くなっているでしょう
子どもの成長にとって良いことなら
迷わず取り組むべきだと、土岐山は思います
ですが、取り組みを実施しようとすると
「家庭の事情が悪くてきちんとしたものを作れない子どももいる、その子がかわいそうだ」
という意見があるそうです
運動会のお弁当も
「片親の子が、かわいそう。両親がいない子が、かわいそう。お弁当を作ってもらえない子が、かわいそう」
という理由で、運動会の日に給食を出す学校があるとのこと
竹下先生は力強くおっしゃいます
「じゃあかわいそうな子と思っている子をそのまま見て見ぬ振りをして放っておくんですか!!」
竹下先生の関わった方で
幼い頃に両親を無くし
小学校五年生で、小さい妹と弟のお母さん役をすることになり、ずっと家事と勉強とを頑張ってこられた方がいらっしゃるそうです
その方は、竹下先生の
「かわいそうな子なんてこの世にいない!」
という力強い言葉を聞いて
自分が頑張ってきて良かった、と
涙を流されたそうです
その方がこうおっしゃったそうです
「両親がいないことも、妹と弟の為に家事をすることも辛いとは思わなかった。けど、両親がいなくて家事をしていることを、かわいそうにと思って自分達を見る大人たちの視線が悲しくて辛かった」
と
土岐山の関わった子ども達にも
様々な生活環境の子どもが沢山います
そんなの、人それぞれです
片親だろうが、両親がいなかろうが、身内が捕まっていようが、自分が前科者だろうが
それが何だっつうんだよ
土岐山、バラエティに富んだ友人達がいるよ
上記は少なくとも全員いるよ
だからなんだっつうんだよ
過去は変えられないんです
でも、未来はこの瞬間を境に、いくらでも変えられる
誰もが心一つで、未来を変えるための行動を起こすことができる
チャンスはみんな同じようにあるのです
やるか、やらないか
それだけです
自分にリミッターをつけて、出来ないことの言い訳を並べるなんて、滑稽です
何よりもったいない
生きている時間は限られているんです
自分で自分の可能性を抑えるなんて馬鹿げている
命がもったいない
竹下先生と土岐山の共通の知人に
安武信吾さんという方がおられます
今年の24時間テレビでご覧になられた方も多いかもしれません
というタイトルのドラマ
安武さんの奥様、千恵さんは
33歳の若さでガンでこの世を去りました
5歳のはなちゃんを残して
でも自分の残された時間を知っていた千恵さんは
はなちゃんに、みそ汁の作り方を教えました
千恵さんが愛する我が子に送ったメッセージ
今はもう6年生になりました
千恵さんのメッセージを受けて
毎日、お父さんの信吾さんにごはんを作ります
「お父さんが食べてくれると嬉しい」
千恵さんがはなちゃんに残したもの
それは
人に喜んでもらうことの幸せを感じることができる、素晴らしい生き方
人の痛みがわかって一緒に分かち合える優しい心
この二つがあって
はじめて人は人として生きられる
竹下先生は生徒にはなちゃんのスライドショーを見せました
会場中が、たちまち涙の渦となりました
声をあげて泣いている男の子、女の子も沢山見受けられました
竹下先生はおっしゃいました
「今このスライドショーを見て、鼻の奥がジンとしたり、涙が出てきたりした人は手を上げて。周りは関係ない。自分の心と向き合って、自分がどう感じたかだ」
全員が手を上げました
竹下先生は続けます
「今手を上げた人は、絶対にいじめなんかしない。人の痛みがわかる人は、そんなことをしないからだ」
竹下先生のお話では
このスライドショーを見ても心に響かない子や
千恵さんの左胸を切り取ったというくだりで、クスクス笑う子もいるのだそうです
親がいない、貧しい、虐待を受けてきた、身内に犯罪者がいる、五体が不満足だ
土岐山はそういう人達を
一つもかわいそうだとは思いません
ですが、
親がいないから、貧しいから、虐待を受けてきたから、身内に犯罪者がいるから、五体が不満足だから、という自分の過去を自分でかわいそうな事にしたてあげ
さも、こうしたかわいそうな過去をもつ自分は優遇されるべきだと言わんばかりに、自分の事ばかり優先して、人の痛みに寄り添わない人は
ヒジョーにかわいそうだと思います
そんな人、誰が好きになりますか
私は愛されなかったから仕方ない
あなたには私の気持ちはわからない
そういう境遇の人を責めるなんてひどい
知るか!
じゃあ一生やってろ
じゃあ世の中、親に捨てられた人は全員幸せになれないのかよ
両親が揃っていたら必ず真っ当に生きられるのかよ
違います
生き方を決めるのは、自分
自分自身です
自分をかわいそうだなんて思う必要がどこにある?
境遇が自分と違うだけの人をかわいそうだなんて思う理由がどこにある?
困っている人がいたら
見て見ぬ振りをしない
自分自身にリミッターをつけて
「できない」理由を探さない
今週の言葉、というボードがありました
中学校が理解できるこの言葉を
私達大人が無視してはなりません
「わからない」「できない」「むりだ」
この言葉を使う大人から
子どもは何を学びますか
土岐山も、「教員を辞めて食の事業をする
」と12年前に宣言した時
「そんなの無理だよ」
と言った人がいました
その人の息子は今17歳
高校に行かず、家に引きこもっています
母親の「無理だよ」は
子どもの可能性を奪います
『弁当の日』をやるのは無理だよ
子どもに料理をさせるのは無理だよ
という人がいたら
子どもの可能性を奪うことをしようとしている事に気づいて欲しい
竹下先生のごまかしのない本気の言葉は
生徒の心にズン、と響きました