なぜ原子炉が止まらないのか? -福島第一原子力発電所 | 窪田博士の研究室

なぜ原子炉が止まらないのか? -福島第一原子力発電所

原子力安全・保安院などの発表によれば原子炉は地震の揺れを検知して「自動停止」したはずなのに、なんでこんなにいつまでも「冷却」が必要なのだろうか?

実は原子炉の「停止」というのは「連鎖的な核分裂反応」が停止した事を称するらしく、装置全体の停止ではないのだ。核分裂反応は、中性子を当てた原子核が核分裂をする事によって大きなエネルギーを発生するものだ。これは中性子を反射するもので促進したり(火力を強める)中性子吸収材を使用して反応を抑制したり(火力を弱める)することができる。原子炉には制御棒というものがあり、これは中性子を吸収するような物質でできており、(カドミウム・ホウ素など)これを核燃料の隙間に挿入することによって核反応を抑制し、多数入れれば停止させることもできる。

実際今回の地震でも被災地の全ての原子炉はこのメカニズムで制御棒が入り、無事に核分裂反応は停止している。核分裂反応が暴走したチェルノブイリや、ほぼ定格出力で運転中にメルトダウン事故を起こしたスリーマイルと比較してこの点は問題はない。

つまり福島の問題原発群は「核分裂の暴走はもう起こらない」のだ。

これで一安心と思いきや、原発はこれだけでは完全に停止はしない。核分裂反応が完全に停止しても、まだエネルギーを発生するのだ。これは次のようなメカニズムだ。

ある程度年季が入った燃料棒は、自発的にかなりのエネルギー産生力がある。これは核分裂が進むと徐々にウランやプルトニウムが分裂して核分裂生成物ができるのだが、この殆どは放射性同位元素なのだ。この放射性物質が放射能を出して安定核に変わるときには強い放射線を出すのだが、これは周囲の物質に吸収され、最終的には熱になる。放射線のエネルギーは大きいので、これはかなりの熱を出す。これは崩壊熱といって核分裂ではないが、一応「原子力」の範疇に含まれる。この崩壊熱を利用した発電装置として「原子力電池」などがある。

もちろん核分裂の本反応と比較するとかなりエネルギーは小さいのだが、それでも核反応なので燃焼や融解・蒸発といった化学反応とは桁違いにエネルギーが大きく、冷やさないと問題になる。

実際、崩壊時間の短い同位元素ではある程度以上の大きさの塊にすると自分の熱で赤熱(数100度まで温度が上昇する)事もしばしば。

原子炉のように崩壊速度の早い大量の放射性同位元素が狭い空間に詰め込まれている場合には、冷却によって熱を取り除かないと際限なく温度が上がってゆく。すると核分裂反応と比較すると速度はかなり遅いけれどもそれでも早晩炉心を溶融し、圧力容器や格納容器などの鉄も溶融し、放射性物質を撒き散らしながら地面にめり込んでゆくだろう。これはチェルノブイリとそれほど変わらない汚染を引き起こし、日本だけではなく、世界中に迷惑をかけることになってしまう。

この崩壊熱は「弱い相互作用」に支配されており、原子核内部で確率的に発生する反応なので外部からの反応度の制御はできない。そういう意味では核分裂反応よりも厄介だ。しかしその反面、連鎖反応も起こさないので暴走の危険はないけれども。(それじゃ、なぜ硼酸を入れるのか?これは万一炉心が溶融して燃料構成体のジオメトリが変わってしまって一時的に臨界を越えたりする事の無いように万一を予防する策だ)

この崩壊熱を制御するには外部に熱を逃がして冷却するしか方法は無いのだ。

そこで水を炉心に注入し、熱を取って循環すると冷やすことができる。崩壊熱は結構膨大だけれども本運転の核分裂よりも何桁も小さいエネルギーなので、これで問題なく「停止」させることができる。実際、女川原発などは安全に停止させることができている。

ところが福島の場合にはどういったわけか、この緊急用の注水装置が動作しなかった。注水装置は原子炉が停止した後に使用する装置なので、電源が無い。(発電機は停止しているので)そこで発電機や原動機が必要になる。発表によれば、福島ではこの緊急用電源装置が故障したという事だ。

問題は、この時に炉心の温度が徐々に上昇して高圧になってしまったことだ。「封じ込め」を効果的にするためには放射能を含む炉心の水を極力外に出したくない。このため冷却して炉心内で凝集して水に戻すのが本来のやり方だ。ところが、判断にモタついている間にどんどん温度が上昇し、水蒸気圧が圧力容器の設計限界に近づいた。この設計限界を超えると水蒸気の圧力によって容器が破裂して回りに放射能を撒き散らし、チェルノブイリと変わらない惨事となる。これを防ぐために、圧力容器の非常用バルブを空け、格納容器に水蒸気を出したのだ。ところが、こんどは沸騰によって水が減少する。しかも内圧が高いので専用のポンプでないと水を押し込むことができない。

消防用など別のポンプでなんとか工夫しながらやっているうちにまた水が沸騰で失われ・・・・さらに圧力が上昇し、まずます水が入りにくく、かといって格納容器の水蒸気を外に出したら放射能が強すぎて作業ができなくなる可能性があり・・・と3すくみ状態になってしまっているのだ。

このような悪戦苦闘をいつまで続けなくてはならないのだろうか?私も気が揉めてならない。

原子炉の燃えカスの崩壊熱は概ね運転停止直後で1%、10日で原子炉運転時の熱出力の0.3%、100日で0.1%程度まで落ちてくる。現在の熱発生量を見ていると、あと数日すると崩壊熱も収まってくるのではいかとは思うが。それまでなんとか頑張ってもらいたいものだが・・・

(続く)

(文:窪田敏之)

にほんブログ村 科学ブログへ
にほんブログ村