(1)「カネの流れを追うと真実が見える」

5日連続集中連載

 4月、中央アメリカのパナマの法律事務所から膨大なデータが流出し、世界中に衝撃が走った。通称「パナマ文書」。そこから浮かび上がったのは、租税を回 避する各国要人や多国籍企業の実像だった。国際ジャーナリスト、堤未果さんは<すでに世界の貿易の半数以上は、どこかのタックスヘイブンを経由している。 1980年代以降、モノづくりから離れて金融やITといったサービス業に移行したアメリカを支える、重要なグローバル戦略の一つ>であると、新著「政府は もう嘘(うそ)をつけない」に書いた。

     46年のブレトンウッズ体制以降、米ウォール街の資金は四半世紀の時を経て、英国の低税率の金融帝国「シティ」へ逃げ込み、後に世界経済を崩壊させる 「強欲マネーゲーム」の種が芽吹いた。<法外な利益を手にした金融業界は、雪だるま式に膨れてゆくその資金力で政治も完全にコントロール>した今、米国は 「株式会社国家」と化したと指摘する。それは現在進行する米大統領選も例外ではないという。「カネの流れを追うと真実が見えてくる」と語る堤さんは、「政 治とカネ」がグローバル化した激動の時代をどう見ているのか。【聞き手・中澤雄大/デジタル報道センター】

    「政府はもう嘘をつけない」 裏にある真実

     −−ショッキングなタイトルですが、どのような考えを込めたのですか。

     前作が、「政府は必ず嘘をつく」というタイトルで、2011年の東日本大震災の翌12年に刊行されました。ちょうど私たち日本人が、政府やマスコミが伝 えることに違和感を感じ始めた時期だったんですね。政府によって情報が伏せられたとか、いろいろなことがあったじゃないですか。世界中でも同じようなこと があった。米国でもどんどん情報統制が進んで、すごくいろんなことが変わりました。それから4年たち、今どうなったかというと、ますます嘘をついているよ うに感じます。

     
     
    ジャーナリスト、堤未果さんの新著「政府はもう嘘をつけない」=竹内幹撮影

     「政府は必ず嘘をつく」ことを前提にスタートした場合に、では私たちはどうするんだ、ということが問われていると思います。そんな政府とどうやって付き 合っていけばいいのか、政府にお任せにしないで、どうやって未来をつくっていけばいいか、と考えた時に、金の流れで世界を見抜けばいいと。それを切り口に 米国と日本、世界と未来を見ていくような本を書いてみようと思ったわけです。

     私たちの見方を変えると、嘘の裏にある真実が見抜けるようになる。その時は、もう嘘は機能しなくなる。新しい提言というか、未来へ向かって行こうよ、と。そういう気持ちで、前作と本作を上下セットで読んでもらえたらと思って書きました。

    「パナマ文書の何が悪い?」 広がるモラル・ハザード

     −−パナマ文書によって、改めてタックスヘイブンの存在が注目されましたが、「租税回避地にペーパー会社を持つこと自体は違法ではない。今や重要なグローバル戦略の一つだ」という、堤さんの著書にある指摘はショッキングでした。

     一つ言えることは、ここ20、30年で、ニュースが非常に高速に、刺激的な“点”になってしまっているので、パナマ文書という一つの象徴的現象が起きて も、深く考えるよりも、表面的な現象だけを見てしまう。で、すぐに次のニュースが流れてきて、別のスキャンダルと……次々に続いていく。

     これを「点」として見ないで、30〜50年のスパンで見て、何を象徴しているかを考えると、いろんなものが見えてくるんです。パナマ文書の問題は、違法 じゃないんですけれども、裏を返せば、輝ける合法ではないということです。つまり規制が追いついていない。違法ではないけれども、合法だと胸を張って堂々 とやれることとは違う。それは当然、モラルハザードにあたる。そこで見ないといけないと思うんですね。

     パナマ文書の問題と、2008年のリーマン・ショック、すごく似ていると思いませんか。あの時も、合法的にやっている、違法じゃないからいいだろうと開 き直っていましたよね。利益を最大化するのは、僕たちの自由だろうと。それが資本主義の帰結だろうという形でしたよね。ところが、あるポイントを超えた ら、国家も崩壊し始め、伝統や文化も共同体も全部そういうものも破壊した。それでも、利益を最大化する。それがリーマン・ショックであり、その続きとも言 えるのがタックスヘイブンなのです。

     そのタックスヘイブンだって、規制できないわけですね。だから、世界中で一番条件の良い場所を買っていく。そうすると、タックスヘイブン同士で競争が起 きる。一番大きいスケールの価格競争です。最大レベルの弱肉強食、強欲資本主義なんです。日本人のどんな人の名前がリストに載っていたとか、どうして米国 の政治家が載っていないんだとか、そういうレベルの話じゃないんですよ。

     −−報道の現状はそれが中心になっていますね。

     
     
    共和党大統領候補選びで「俺が大統領になったら、1%のスーパーリッチどもから、この国を取り返してみせる」などと訴えて、支持を集めたドナルド・トランプ氏=米中西部アイオワ州デモインで2016年1月28日、西田進一郎撮影

     そこに凝縮されていますよね。それはスキャンダル、点としてのニュースの追いかけ方でしかありません。資本主義が発達して、私たちは恩恵を受けていく経 過を考えてみてください。納税をしてもらって、社会保障や教育や社会的共通資本をつくって共同体をつくる……それが今度は資本主義が寡占化していき、新自 由主義に代わる……それは必ず強欲資本主義になっていくんですよ。そうした中で、ここまでモラルポイントを超えたところまで今来たけれども、さあこれから どうする?という問いかけがタックスヘブンが象徴しているものだと私は思います。そう見ると、リーマン・ショックからずっと一本の線でつながっている。過 去からの続きになっている。

    米国では、カネで買えないものはない

     −−<今や米国では、カネで買えないものはありません。ロビイスト産業は今やいろいろな意味で、米国のトップ産業を支えている>と書かれました。全米の 企業利益が年間約200兆円。<そのわずか1%で政治を支配できるのなら安い投資だろう>と。わずかな超富裕層や利益団体の政治献金が政治を動かす一方 で、ますます貧困と格差が拡大している現実も指摘されていますね。

     米国の有権者も、私たち日本人もそうなんですが、いろいろなことが猛スピードで進んでいっている。でも人間のメンタリティーって、時差があって、少し遅 れるんですね。だから、選挙って、形としては民主主義だし、有権者は1人1票持っているし、共和党と民主党はちゃんと対立軸になっていると。民主主義はそ こにある、と漠然と思っているけれども、実はここ30年の米国政治は、さっき言った強欲資本主義、「今だけ、カネだけ、自分だけ」という価値観で、いろい ろなものを投資商品にしていて、選挙も一つの投資商品になっているわけですね。すると、株主至上主義なので、株主って、たくさん株を持っている人が発言権 があるじゃないですか? 米国の選挙も全く同じなんですよ。

    全有権者の0・000042%が、選挙結果を握る

     −−これまで繰り返し指摘されていますね。6月に来日したオバマ大統領が就任した時には、政治献金問題に手をつける、と言っていたにもかかわらず、むしろ悪化しているそうですね。

     全米3億人の中で、(巨額な政治献金をした)わずか132人……0.000042%の人たちだけが選挙結果を握る……民主主義にアクセスしている異常な 状態になっているんですね。他の有権者は政治から事実上、締め出されている。共和党のトランプ候補の過激な発言とか、民主党のヒラリー候補の「初の女性大 統領」だとか、そういう視点ではなくて、こうしたカネという切り口で、大統領選を見てみる。もっと長いスパンで、選挙自体を見ることが重要なんです。

     −−「スーパーパック」という米国内で無制限献金OKの集金団体を初めて知った。一般の日本人はなかなか知りません。

     ちょっとピンとこないですよね。これは、ちょっと恐ろしい話で、個人の上限5200ドルまで献金した後は、「スーパーパック」という無制限献金OKの集 金団体を通して、幾らでも寄付できるようになるんです。誰もがカネがあるわけでもないし、米国では上位約1%の超富裕層が、残りの99%の資産を合わせた よりも収入がありますから、そこでとても格差ができてしまう。日本の国会議員も政党支部をたくさん作ることによって、“抜け穴”ができると指摘されていま すが、米国とはケタが違います。例えば、オバマさんとロムニーさんが大統領選挙を争った時に、日本円で1900億円動いた。中間選挙では4800億円も動 いた。それだけのカネが動くんですよ。

    オバマ大統領来日で透けて見えるもの

     オバマ大統領が広島に来ましたよね。あの時に、被爆者と抱き合ったとか、平和公園でスピーチをしたとか、割と情緒的な報道一色でしたよね、とりあえず米 国から頑張って来てくれたとかね。いかに日本に来ることが大変か、という話ばっかりなんですね。でも、お金という切り口で見た時に、オバマ大統領は09年 にプラハで「核なき世界へ」というスピーチをして、ノーベル平和賞を取った。でもその直後に核開発予算を増やしましたよね。今回も来日前に、向こう30年 で100兆円!の小型核開発予算を計上している。

     感情的に見るニュースと、お金で見るニュースを考える時、やっぱりカネで見える方が現実なんですね。100兆円の核開発予算というのは、核廃絶する気が ないと。旧型の核は減らすけれども、アップグレードしますよと。私たちは本来ならばそちらを見て、「核なき世界」をどうやってつくっていくか、米国をどう やって説得していくかを考えていくべきか、というような報道があるべきだと思うんですけど(苦笑)。やっぱりすごく情緒的なんです。

     
     
    「講演料2000万円」−−。ウォール街との蜜月な関係を報じられている民主党のヒラリー・クリントン氏=米ロサンゼルス近郊で2016年6月6日、長野宏美撮影

     けれども、選挙の時にオバマ大統領が豹変(ひょうへん)したわけではなくて、もう米国自体が、国家という機能が弱体化していて、企業城下町みたいな国に なっているんです。株主がいて、企業城下町があって、それがもう市場になっていると考えてみてください。大統領も、環太平洋パートナーシップ協定 (TPP)交渉官らも、米国の、ではなくて、株主のレップ(Manufacturer’s Representativeの略語。メーカーのために、売り込み活動のみを展開し、成功対価を受け取る存在)なんです。そうやって見ると、ああ、なんで 変わらなかったんだろう、ということが分かると思うんです。

    <「米国の大統領と議会が国民のニーズに応えていない大きな原因は選挙資金です。お金持ちや大企業がお金で政治家を売り買いできるような制度になってい て、金持ちはより金持ちになり、貧しい人々はますます貧しくなります。普通の米国人が政治から締め出されているのです」(サンダース氏発言)>

    <「俺が大統領になったら、1%のスーパーリッチどもからこの国を取り返してみせる。米国は素晴らしい、世界一偉大な国なんだ、今おかしくなっているが、 本来の姿に戻さなけりゃな。他の大統領候補たちにできっこないさ、だってあいつらは、ウォール街の連中から何千万ドルも受け取っているんだから。だがよく 見てくれよ、この俺さまは1セントも受け取っていない、全部自腹だ!」(トランプ候補発言)>

     −−今、TPPの話が出ましたけれど、ヒラリー候補の大口支援者は、TPP推進の急先鋒(せんぽう)であるウォール街であると指摘されています。かた や、過激発言が注目されるトランプ候補は、選挙資金を自前で賄っているのでTPP反対や国内投資拡大とか内向きな話題で支持を拡大してきた。民主党内で、 ヒラリー候補と最後まで接戦を演じたサンダース上院議員にしても、国民に支持された根っこは同じだと。

     私たちは嫌というほどよく分かっていると思うんですけど、よく考えてみてください。選挙の時のことって絶対じゃないですよね。マニフェスト、公約で訴え たことは、支持獲得のため、ですよね。ヒラリーさんなんて、私が大統領になったら機密情報の中のUFOの分野を公開します、と言って、UFO愛好家の票を 集めるわけですよ。こういうことを平気で言うわけですよ。トランプさんも、非常にマスコミの使い方が上手で、非常にマスコミが食いつくことを言う。「強欲 な『1%』から、米国を取り戻す」と言う彼の言葉に多くの国民が支持する「現象」は、病理ではなく「希望」と言うべきです。だからこそ、1%側である商業 メディアや御用識者はトランプつぶしに躍起になるわけです。

     一方のヒラリーさんもいろんなことを言います。例えば、私にはグローバル企業の大口スポンサーはいるけれども、それはそれで政策とは関係ありません、と 言いながら、例えば支援を受けている投資銀行最大手ゴールドマン・サックス社で講演した時には、選挙の時に言ったことは気になさらずに、とか言っている。

    ヒラリー氏の講演料は時給2000万円!

     −−簡単に言い訳するわけですね。

     簡単にします。オバマさんもそうでしたよ。(アフガニスタンから)兵士を撤退します、と言いながら、すぐに増派した。一つだけはっきりしていることは、 トランプさんとサンダースさんは(スポンサーの)ひも付きじゃないんです。片方はカネをもらいすぎている。投資商品なんですから。ヒラリーさんの講演料、 時給2000万円!ですからね。ケタが違います。実際彼女が抱えている爆弾スキャンダルの一つに、自分と旦那さんで持っている財団に、外国政府がたくさ ん、軍需産業がたくさんお金を入れて、国務長官の時に武器をたくさん買ったりとか、ということがあるので……お金は色がついていないので、正直なんです。 だから、米国の有権者もだんだん賢くなってきて、どうもひも付きじゃない方が変化が来るんじゃないかと。オバマで懲りたんですね。

    ひも付きではないトランプ氏とサンダース氏

     −−かつてオバマ大統領が言った「チェンジ」が本当に実現するんじゃないかと?

     あの時は、思った。でも結局、ふたを開けたら、格差は広がったし、戦争はもっともっと大きくなった。国民皆保険を掲げていたのに、民間皆保険になった。 言論統制がきつくなったし、それから警察の権限も拡大した。いろんなことが前政権よりも強化されましたよね。その時、米国民は思ったわけです……ああ、民 主党、共和党のスイングはないんだと。もうこの確立された株主至上主義を壊すためには劇薬じゃなければダメだと。だから、民主社会主義者というオーソドッ クスではない民主党員のサンダースさんだとか、共和党員のトランプさんに懸けたんですね。

     
     
    2012年11月、オバマ大統領の再選確実が報じられ、支持者たちは喜んだ。それから4年近くが過ぎたが、結局「チェンジ」は起きなかった。むしろ格差は広がった=シカゴ市内で2012年11月6日、堀山明子撮影

     −−「知の聖域」と言われたアカデミズム(学術分野)や、中立な非営利団体であるシンクタンクも、カネで買われるようになっているそうですね。米国政府 が補助金を減らす中、業界の利益団体や外国政府が研究費、拠出金を出す。専門知識や権威がビジネスと化していると。

     ええ、ありますね。やっぱりアカデミズムもシンクタンクもそうですけど、どんな業界も守っていかないと、“値札”が付けられる時代なんです。公共サービ スも、教育もそう。国が効率が悪いとか、ムダだとか言って、どんどんバランスシートの数字だけで見てゆく。公共なものは元々もうけを出すためのものじゃな いんですけど、全てが強欲資本主義、市場主義の中で、四半期で結果を出さなきゃ、すぐ黒字にならなきゃ、そうじゃなかったら最高経営責任者(CEO)がク ビを切られると。ということが、全部に広がっているんです。

     例えば大学は、カネに変えられない純粋な社会的資産でしたよね。シンクタンクは、公共の利益のために純粋に研究してもらうために、国が資金を出していく と。それがだんだん無駄だ、ということになり、減額されると、“値札”を付けられてしまう。米国ではあらゆる分野でどんどん付けていっているんですけど、 これと同じビジネスモデルが世界中に広がってきているのです。

    日本政府もロビー活動

     −−日本政府もTPP反対の米国会議員をロビー活動で説得している、と本で言及されていますね。

     これは米国政府に合法的に登録しているわけで問題というわけではないんですが、米国の政治がいかにカネで買えるものか、という象徴なんですね。ベトナム 政府だって、ギリシャ政府だってそう。日本政府もやっているから、というので私たちはショックを受けるけれども、もう“値札”が付いているわけです。

     −−逆に買わなければ、損をしてしまうと?

     それはただし、日本政府が判断する「国益」ですけどね。彼らが、これは国益だ、と判断するものに関して、私たちの税金を使ってロビー活動をしているわけです。(第2回につづく)

     

    http://mainichi.jp/articles/20160715/mog/00m/040/021000c