H・R・ハガード『ソロモン王の洞窟』 | 文学どうでしょう

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ソロモン王の洞窟 (創元推理文庫 518-1)/東京創元社

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H・R・ハガード(大久保康雄訳)『ソロモン王の洞窟』(創元推理文庫)を読みました。

知っている人は知っている、そして知らない人は全く知らないのが、今回紹介する『ソロモン王の洞窟』でしょう。

何を当たり前のことを言っているんだという感じでしょうけども、この小説はかなり有名な、冒険小説の金字塔と言うべき作品なんです。

秘境の奥地に眠るソロモン王の秘宝を目指して、アフリカ大陸を探検していくという、はらはらどきどきの冒険譚。

その土地の人々の争いに巻き込まれたり、魔術師を思わせる怪しげな老婆が登場したり、何度も命の危険を感じる物語です。

何を隠そうぼくは一つも観ていませんが、何度も映画化されていて、後世に与えた影響も大きいんですね。

スピルバーグ監督の「インディ・ジョーンズ」シリーズも、『ソロモン王の洞窟』がなければ生まれなかったかも知れません。

アドベンチャーズ・オブ・インディ・ジョーンズ コンプリートDVD/ハリソン・フォード,カレン・アレン,ケイト・キャプショー

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或いは、『サハラ 死の砂漠を脱出せよ』というタイトルで映画化された、クライブ・カッスラーの「ダーク・ピット・シリーズ」も書かれなかったかも知れないんです。

サハラ -死の砂漠を脱出せよ- [DVD]/マシュー・マコノヒー,ペネロペ・クルス,スティーブ・ザーン

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ちなみに、「ダーク・ピット・シリーズ」は、その内じっくり読みたいと思ってるんですけど、ほとんどが絶版状態で手に入りづらいんですよね。いやはや、どうしたものやら。

さてさて、後世への影響も大きく、エンタメ系の文学史を繙けば必ず目にする『ソロモン王の洞窟』ですが、全然知らなかったなあという方も、それはそれである意味では当然です。

はっきり言って、現在の日本では完全に埋もれてしまっている作品なので。新訳でも出ればまたちょっと変わるとも思うんですけど、色々と難しい問題があるんですね。

そのことについてちょっと書きます。

巻末の訳者による解説に詳しいですが、そもそも『ソロモン王の洞窟』は、1883年に出版されたスティーヴンスンの『宝島』に対抗して書かれ、1885年に発表された作品です。

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当時は、『宝島』をしのぐ話題になったようですが、『宝島』は主人公が少年だったことから、子供向けにリライトされる形が多いものの、いまだに読み継がれています。

一方、『ソロモン王の洞窟』は、何故これほどまでに忘れられてしまったのでしょうか。

単純に時代を越えられなかったとも言えるでしょうが、ぼくが思うに一番の問題は、物語の舞台が”暗黒大陸”と呼ばれていた頃のアフリカであることです。

この物語は、文明を持つ白人が、未開の民族である黒人の所を訪れる物語でもあるのですが、お互いの文化を認め合うのではなく、黒人は白人より劣った存在だという描かれ方がされているんですね。

銃も知らず、財宝の価値も知らず、その国独自の儀式など、愚かな風習にいまだ囚われている未開の人々だと。

黒人と白人の間にラブストーリーのようなものもないわけではないのですが、一貫して「太陽は暗黒と連れ添うことはできないし、白人は黒人と結ばれることは不可能」(289ページ)だという考えで描かれています。

つまり、極端な言い方をすれば、人類皆平等という概念からはほど遠く、白人が黒人の領域を侵していく物語でもあるわけですね。

黒人に対する考え方が当時と今とでは違っていて当然ですから、ぼくも別に『ソロモン王の洞窟』がけしからん考えの小説だと言いたいわけでは勿論ありません。

ただ、そうした人種差別的な問題が含まれているが故に、今ではちょっと敬遠されがちなのかなと思ったということです。

当時はこういう考え方だったんだなぐらいであまり気にせずに読むと、秘境での冒険譚ですから、ストーリーとしてはなかなかに面白い小説ですよ。

特に物語のクライマックスの、ソロモン王の秘宝に迫る所はかなり盛り上がります。冒険小説の金字塔に興味のある方には、ぜひ手に取ってもらいたい一冊です。

作品のあらすじ


一緒に旅をした仲間のすすめを受け、そして医者を目指して勉強中の息子ハリーに読ませるために〈私〉は、自分の不思議な旅について書き記すことにしました。

〈私〉は55歳を過ぎた冒険家のアラン・クォーターメン。一年半ほど前に、象狩りのためバマングワトの奥地へ行った時、ヘンリー・カーティス卿と海軍士官のジョン・グッド大佐に出会いました。

ヘンリー卿は、〈私〉がアラン・クォーターメンだと知ると、少し驚いた様子をして、話しかけて来ます。

〈私〉はかつてネヴィルという人物に会ったことがあったのですが、そのネヴィルは実はヘンリー卿の弟だというんですね。

ある時、ヘンリー卿と弟は仲違いをしてしまい、絶縁状態になってしまったんです。

父親の死によって財産をすべて相続したヘンリー卿は、弟が折れてくるのを待っていたのですが、弟はやって来ませんでした。

弟はネヴィルと名を変え、一財産築くために冒険にくり出したからです。そして、そのまま行方知れずになってしまいました。

ヘンリー卿は心を痛め、弟との仲違いを後悔します。そこで、ヘンリー卿は弟を探すことを決意したのでした。

〈私〉は、ヘンリー卿の弟が、ソロモン王の秘宝を探していたことをヘンリー卿に伝えます。

そしてたまたまですが、〈私〉は300年前にその秘宝を目指したポルトガル人冒険家ホセ・ダ・シルヴェストラの地図を手に入れていたのです。

地図と一緒に、こんな文章もありました。

私はこの目で、あの白い死神の向こう、ソロモン王の洞窟のなかに貯えられている無数のダイヤモンドを見た。しかし、魔女ガグールの裏切りによって一個だに持ち出すことができず、生命すら危機に瀕した。この地図にしたがってくるものは、シバの左の乳房の雪の斜面を頂上まで登るがよい。その北側にソロモン王がつくった街道があり、そこから王の宮殿までは三日の旅程である。(34ページ)


ヘンリー卿とその友人のグッド大佐は、ヘンリー卿の弟を探す旅に同行してくれないかと〈私〉に頼みます。

ソロモン王の秘宝を探しに行って、今まで生きて帰って者はいませんから、危険な旅になることは分かり切っています。〈私〉は息子のことを考え、迷いますが、やがて引き受けることにしました。

もしも旅の途中で死ぬならば、それはそれで運命だと思ったこともありますし、ヘンリー卿としっかり契約を交わして、どう転んでも息子に大金が渡るようにしたんですね。

〈私〉、ヘンリー卿、グッド大佐の三人が旅の支度を整えている途中で、ウンポポという男に出会いました。

ウンポポはズル族と一緒に暮らしていた男ですが、元々は別の部族出身ということもあって、〈私〉たちと一緒の方角へ移動したいと思っているというんですね。

「私は金なんかほしくない。だが、私は勇敢だ。寝る場所と食物をあたえてくれるなら、十分それだけの値うちのある男だ。私のいうことは、それだけだ」(56ページ)とウンポポは言い、ヘンリー卿に気に入られて従者になりました。

旅の一行は砂漠に入って行きます。しかし、地図に記された目印は見つかりませんし、ほとんど遭難と同じ状況に陥ってしまいます。

何よりも困るのは水がつきてしまったこと。渇きに苦しみ、一行は体力の限界を迎え、ついにウンポポは、「もし水が見つからなければ、みんな、あした月が出る前に死んでしまうだろう」(87ページ)と呟きました。

すると翌朝、動物の足跡が見つかったので大喜びです。その動物は水から離れた所にはあまり行かない習性を持つので、近くに水があることが分かったからです。

太陽が昇って来て、〈私〉たちの目に輝いて映ったのは、女性の乳房によく似た巨大な二つの山。地図に書かれていた「シバの乳房」に間違いありません。

地図の通り、「シバの乳房」を抜け、「ソロモン王の街道」を行く一行。ソロモン王の秘宝に近付いていることが、辺りに遺された素晴らしい彫刻などからも分かります。

ひとまず休憩して、グッド大佐がヒゲを半分だけ剃った時のことでした。なんと、〈私〉たちは突然、見知らぬ部族に囲まれてしまったのです。

彼らはズル語の古語を話すので、ズル語の分かる〈私〉やウンポポはなんとか会話をすることが出来ました。

しかし、「他国者はこのククアナ国で生きることはできないのだ」(118ページ)と、〈私〉たちは殺されそうになってしまいます。

ところが、パニックに陥ったグッド大佐がいつもの癖で義歯に触ったことから、状況が一変したのです。

グッド大佐の恰好は、部族の人々にとって脅威だったんですね。剃りかけで半分だけ残ったヒゲは不気味ですし、輝く目玉(実はメガネ)を持ってますし、歯が自由自在に外せるのですから。

部族の人々が銃を全く怖がらないことから、銃のことを知らないと気付いた〈私〉は一芝居打つことにします。

「女から生まれたもので、ここから音だけであれを殺すことのできるものがいると思うか?」(122ページ)と言い、遠く離れた動物を銃で撃ってみせるんですね。

魔法の筒を持つ魔法使いたちだと思わせることに成功し、〈私〉たちはククアナ国の王の元へ連れて行かれました。

王のそばに這いながらやって来たのは、ガグールという老婆でした。不気味な老婆は声高らかに予言をします。

血だ! 血だ! 血だ! 血の河だ。いたるところ血だ。わしには血が見える。血の匂いがする。血の味がする――塩の味だ。血は大地を赤く染めて流れる。血は空からも降ってくる。
 足音だ! 足音だ! 足音だ! 白人の足音が遠くからきこえる。その足音が大地をふるわせる。大地はその主人の前で身をふるわせる。(155ページ)


ガグールは、300年前にここへやって来たホセ・ダ・シルヴェストラが書き記していた魔女ガグールと関わりがあるのでしょうか?

ヘンリー卿の弟の手掛かりが見つからないまま、〈私〉たちは、ククアナ国の争いに巻き込まれていくことになり・・・。

はたして、ヘンリー卿の弟は無事なのか? そして、〈私〉たちはソロモン王の秘宝を手に入れることが出来るのか!?

とまあそんなお話です。手記という形式からも分かるように、わりと「現実に起こったこと」というスタンスで書かれた小説です。

物語の書き手なこともありますし、リアリズムにこだわっている分だけ、アラン・クォーターメンは現在の冒険小説の主人公に比べると、個性のない、魅力に欠ける主人公だろうと思います。

ですが、物語の後半、洞窟に入って行く所から、この小説はがぜん面白くなります。どきどきする展開が続くんです。ベタながら思わず引き込まれます。

洞窟の中に秘宝があるというのは、斬新さというよりはもはや既視感を覚えるシチュエーションなのですが、それだけこの小説が他の作品に影響を与えたということなのでしょう。

冒険小説の原典を読んでみたい方は、ぜひ読んでみてください。

明日は、藤沢周平『橋ものがたり』を紹介する予定です。