新刊『聖人366日事典』刊行にあたって(鹿島茂) | 鹿島茂の読書日記

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『聖人366日事典』刊行にあたって

 

『聖人366日事典』(東京堂出版 2016/11/28)の刊行を記念して、

単行本未収録の、聖人に関する解説を掲載します。

 

『聖人366日事典』内容紹介
キリスト教文化圏の国において、聖人は人や地域、職業等を守護する存在として今なお生活に深く息づく。
本書では960人を超える聖人を取り上げ、エピソードから守護対象、アトリビュート(シンボル)、ゆかりの作品等幅広く紹介。

巻末に逆引き用に1300項目を超える守護対象、500のアトリビュート(聖人のシンボル)を掲載。

【目次】
1月の聖人/2月の聖人/3月の聖人/4月の聖人/5月の聖人/6月の聖人/
7月の聖人/8月の聖人/9月の聖人/10月の聖人/11月の聖人/12月の聖人

聖人名別索引(本書見出し表記・英語表記・仏語表記)
アトリビュート別索引
守護する分野別索引
聖人名6ヵ国語対照表

 

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守護聖人について

 

 パリでは、聖○○や聖女○○と呼ばれる守護聖人に会わずには一日として過ごすことができない。なぜなら、パリの市域だけに限っても、「サン(あるいはサント)」を冠した通り、大通り、広場など一八〇以上もあり、さらに聖人名の教会、病院、学校などの諸施設は枚挙に暇(いとま)がないからだ。話をフランス全土に拡大すれば、聖人名の都市や村は限りなくある。

 

 そればかりではない。日々われわれが接するミシェルやジャン=ルイ、あるいはカトリーヌやマリ=アンヌなどのフランス人もみな守護聖人から名前を取っている。一〇年ほど前までは、守護聖人にローマ、ゲルマン系の偉人を加えたファースト・ネーム許可リストというものが役所にあり、リスト掲載の名以外は子供に付けられない決まりになっていたのである。

 

 まだある。一年三六五日がいずれかの守護聖人の祝祭日で、誕生日の守護聖人が自動的にその人の守護聖人となる。昔は、誕生日の守護聖人から洗礼名を取ることが多かった。また、誕生日の守護聖人から名前をもらわなかった人も、自分と同名の聖人が守護聖人となる。ミシェルなら九月二五日の聖ミカエル、カトリーヌなら一一月二五日の聖カタリナという具合である。

 

 守護聖人は都市や国、地域も守護する。たとえばパリの守護聖人は聖女ジュヌヴィエーヴ、ルーアンとオルレアンは聖女ジャンヌ・ダルク。同業組合や職業もそれぞれの守護聖人を持っている。ワイン商人やブドウ栽培業者は聖ヴィンケンティウス(フランス式発音ならヴァンサン。以下、特に示さない限り、カッコ内はフランスの読み方)と聖マルティヌス(マルタン)、歯医者は聖女アポロニア(アポリーヌ)。カメラマンは聖女ヴェロニカ(ヴェロニック)、ドライバーは聖クリストフォロス(クリストフ)。恋人たちはもちろん聖ヴァレンタイン(ヴァランタン)だ。

 

 守護聖人はかなり具体的な危機的状況にも人々を助けにやってくると信じられている。なにをやってもうまくいかない人には聖女リタ、ニキビなどの腫(は)れ物で悩む人には聖女バルビナ(バルビーヌ)、不当な差別に泣く人は聖ユダ(ジュード)が、それぞれ救難にあらわれるから、その名前を唱えることになっている。病気、ケガにも専門の守護聖人がいて、聖人カレンダーは無料の総合病院のようだ。

 

 このように、現在でもなお、フランス人(広くいえばカトリック圏の人々すべて)の日常生活には守護聖人が密着しているので、小説を読んだり、映画を見る場合、守護聖人の性格がわからないと、状況が理解できないことが少なくない。

 

 ところが、日本にはこの守護聖人のことを具体的にかつ世俗的にわかりやすく解説した本がほとんどない。たとえば一年三六五日、今日の守護聖人はだれ、と思っても調べようがないし、また守護聖人が判明しても守護分野や救難分野をつきとめることはかなり難しい。フランス語や英語なら適当な本はあるかというと、宗派や国によって三六五日の守護聖人がかなりちがっていて、どれを信じたらいいかわからない。しかもカトリックの聖母マリアの祝日には守護聖人は省略してあるので、三六五日すべての守護聖人を知ることは困難である。

 

 これは困った、どうしようと思ったが、そのとき、自分がほしいものは自分で作ってしまえばいいじゃないか、という内心の声が聞こえたので、これに従うことにした。こうして、三六五日の守護聖人とそれぞれの守護分野、象徴的な事物(アトリビュート)を網羅し、サービスとしての多少の占い的要素も加えた一種の聖人カレンダー『バースデイ・セイント』(飛鳥新社)ができあがったのである。2000年12月のことだった。これは、自分で使ってみてもなかなか便利な本であったが、今回、そこから編集部の意図で加えられた占い本的要素を払拭し、学術的な用途にも耐えられる本として『聖人366日事典』を作ったのである。役に立つことは確かなので、お手元に備えていただければ幸いである。

 

2016/11/28発売『聖人366日事典』

 

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