豊洲市場の地下水質の空間統計とリスク分析 | マスメディア報道のメソドロジー

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豊洲濃度ベンゼン



この記事では、[東京都website]にアップされている豊洲市場の第9回地下水モニタリング調査結果に対して、主として【空間統計学 Spatial statistics】に基づく定量的な現状分析を行うと同時に概略的な【リスク分析 risk analysis】を行いたいと思います。

関連記事[1月14日発表の豊洲市場の地下水モニタリング調査結果を概観する]


データ分析のストラテジー

最初に、主な汚染物質である【ヒ素 arsenic】【ベンゼン benzene】【シアン化合物 cyanide】について、計測結果の空間位置に示すと次のようになります(以下、図面をクリックすると拡大します)。

計測ヒ素

計測ベンゼン

計測シアン

ヒ素とベンゼンについては、地下水の水質汚濁に係る【環境基準】が0.01mg/L以下【排水基準】が0.10mg/L以下であり、シアン化合物については、環境基準が0.1mgCN/L未満、排水基準が1mgCN/L以下となっています。ここでシアン化合物の検出限界が0.1mgCN/Lであることを勘案すると、その部分のみ0.1mgCN/L未満というのはややグレイな基準であると言えます。排水基準が1mgCN/L以下であるのならば、曖昧な0.1mgCN/Lを除き、0.1mgCN/L以下と明記するのが論理的です。実は今回のモニタリング結果でも0.1mgCN/Lが少なくありませんでした。なお、最近ではご存知の方も少なくないと思いますが、環境基準および排水基準に関する行政の考え方は次の通りです。

【環境基準】70年間、1日2Lの地下水を飲用しても健康に対する有害な影響がない濃度
【排水基準】環境基準の原則として10倍のレベル(公共用水域で10倍程度に希釈されることを想定)

さて、上に示した計測結果マップを見る限り、「データが存在する箇所」の濃度については把握できるものの、そこから離れた「データが存在しない箇所」の濃度については、人間が定性的に予想する他ありません。しかしながらその予想は個人の主観によるものであり、客観的な意味を持ちません。つまり、楽観的な人は大丈夫ではないかと思うかもしれませんし、悲観的な人は危険が隠されていると思うかもしれません。行動選択にあたって、基本的に人間は利益を獲得するよりも損失を回避する選択肢を選好する【損失に対する嫌悪 loss aversion】の傾向があり、未知なことを恐れます。したがって、このような離散型の計測データが得られた場合には、予想が悲観的な方向に偏りがちとなります。このような意味から、客観的な方法を用いてデータのない部分を推定することが重要であると言えます。

空間における未知のデータを推定する方法として、【地球統計学 geostatistics】という学問体系があります。これは、今回のモニタリングデータのような「位置をもったデータ」からデータ間の【位置的相関性 spatial correlation】を把握し、その性質に合致するようにデータがない位置の値を客観的に推定するものです。以前も[記事]で説明しましたがこの方法は、油田分布や鉱床の空間分布の推定(資源工学)、魚群や森林の空間分布の推定(農学・水産学)、天気予報(気象学)、汚染土壌の空間分布の推定(環境工学)、岩盤物性の推定(土木工学)など、広い分野で実際に利用されています。そしてこのブログでもこれまでにこの手法を適用して豊洲市場の地下水位を推定してきました。

その基本的なアイデアは、「近くにあるものは似ているが、遠くにあるものは似ている事もあるし、似ていないこともある」というものです。ある場所で金や石油が見つかると二匹目のドジョウを探そうとその近くに人々が集まってくるのは、人々がこのアイデアを直感しているからです。この「空間的な位置の近さと類似性」の関係法則を観測データを基に求めてから、その法則に従うような数値計算方法で空間各所の値を推定するというのが地球統計学のプロシージャ-です。詳しい理論が知りたい方は、こちらの資料をお読みください。

[A Practical Primer on Geostatistics 米国地質調査所(USGS)]

なお、これまでこのブログで使用してきた地球統計手法は【通常型クリギング Ordinaty Kriging】という線形結合による推定手法でしたが、今回はさらに精度が高い【逐次ガウス型シミュレーション Sequential Gaussian Simulation:SGS】というパワフルな【地球統計シミュレーション Geostatistical Simulation】の手法を用いて地下水中の汚染物質の空間統計とリスク分析を行っていきたいと思います。


濃度データの空間特性

ヒ素・ベンゼン・シアン化合物の濃度についてそれぞれ頻度分布を算出したものが次の図です。

頻度ヒ素
頻度ベンゼン
頻度シアン

これらの頻度分布の横軸は対数値であり、値が低い部分を除けばいずれも正規分布として認識可能な形状を呈していることから、各汚染物質の濃度は【対数正規分布 log-normal distribution】である可能性が高いと言えます。地下水分野において、透水係数などの水理特性や水質の頻度分布が対数正規分布に従うことは広く知られており、今回も濃度分布も例外ではないと言えます。なお、ヒ素のlog(-3.0mg/L)以下、ベンゼンのlog(-3.0mg/L)以下、シアン化合物のlog(-1.0mg/L)以下の部分は汚染物質がほとんど存在しない地下水のマトリクス部分であり、頻度分布の分布型を決定するにあたって除外されることに留意する必要があります。

濃度の頻度分布が対数正規分布を呈しているということは、統計学的な議論を行うにあたって濃度の対数値を用いる必要があるということを意味します。したがって以降は、濃度の値そのものではなく濃度の対数値を用いて論を進めていきます。

汚染物質の空間的相関性を検討するにあたっては、まず対数値のデータを【正規化 normalization】します。正規化とは、データの確率密度関数が平均0、分散1の標準正規分布になるようにデータに変換することです。この正規化したデータを基に次式で示される【ヴァリオグラム variogram】という値を求めます。

経験ヴァリオグラム

次の図は豊洲市場のヒ素・ベンゼン・シアン化合物の濃度に関するヴァリオグラムを示したものです。

豊洲濃度variogram

一般的に、データの位置が近いとデータ値のばらつきが低く(データ間の相関性が高い)、位置が離れていくにしたがってばらつきが徐々に大きくなり、距離が一定の値以上離れるとばらつきが分散と等しくなります。このときの距離は【相関距離 correlation distance】と呼ばれます。平たく言えば、「位置が近いと値は似ていて、位置が遠いと似てるものもあれば似てないものも出てくる」というものです。これは位置が近いものほど同じような物理/化学作用を受けていることに起因します。

ここで、非常に興味深いことなのですが、ヒ素濃度・ベンゼン濃度・シアン化合物濃度のいずれのヴァリオグラムについても、正規関数型(実線で示した図中の回帰線カーヴ)にベスト・フィットし、その相関距離(レンジの2倍と定義する)はいずれも50mとなりました。相関距離が50mであるということは、距離が50m以内のデータは互いに影響を与え合っているということになります。この関数型と相関距離の奇妙な一致が意味しているのは、ヒ素・ベンゼン・シアン化合物のいずれも同じ共通のメカニズムで空間的相関性が形成されている可能性が高いということです。ちなみにこのようなデータを恣意的に作成するのは容易ではなく、一部で疑惑がささやかれているような「データの改ざん」は考えにくいと言えます(笑)。

ここで共通のメカニズムが何かといえば、先週も述べたように、地下水管理システムによる【移流 advection】によるものであると考えられます。3ヶ月という短い期間で50mという大きさの空間的相関性が新たに形成されたことは【拡散 diffusion】では説明ができません。さらにヴァリオグラムが正規関数型を示したのは、土壌中の流路の【分散 dispersion】によるものと解釈することができます。このことから今回の濃度データが変化した要因は「分散を伴う移流」であるという仮説の蓋然性が定量的に示されたものと考えられます。


濃度の空間分布の推定

ここでは、前項で得られたヴァリオグラムモデルを用いて、地球統計シミュレーションにより豊洲市場のヒ素・ベンゼン・シアン化合物の濃度の空間分布を推定します。

今回用いる地球統計シミュレーションは、クリギングを単純に行うよりも精度が高い空間推定手法であると言えます。地球統計シミュレーションは、クリギングと同様にヴァリオグラムでモデル化された空間的相関性を再現するものですが、クリギングでは不可能な「推定値間の空間的相関性」をも再現できることが最大の特長です。

地球統計シミュレーションでは、逐次乱数を発生しながらランダムな位置で逐次クリギングを行うことで、推定値間にも相関性が存在する【リアライゼイション=実現値マップ realization】と呼ばれる推定マップを作成します。このリアライゼーションを乱数列を変えることによって多数作成し、それを空間位置で平均することにより、最終的な推定マップを得ます。この推定結果は【E-type推定 E-type estimate】呼ばれます。また、様々なハザードを想定できる多様なリアライゼーションを多数作成するため、同様の統計処理によって、空間位置毎の【ヴァリュー・アット・リスク Value at Risk: VaR】の算定や、一定の【カットオフ値 cut-off value】に対する超過確率の算定など、緻密でパワフルな【空間リスク解析 risk analysis】を展開することができます。実際に、石油業界においては、油層の形態および埋蔵量の推定の実務にこの地球統計シミュレーションを利用して投資リスクを求め、採掘の意思決定を行うというのが一般的な方法となってきています。

ところで、地球統計シミュレーションにはいくつかの手法がありますが、今回エンプロイしたのは【逐次ガウス型シミュレーション Sequential Gaussian Simulation:SGS】と呼ばれる、連続変数に対応したシミュレーション手法です。詳細の数学的説明は避けますが、興味がある方は次のリンクに示す概要資料をまずはご覧ください。

[Gaussian Simulation for Porosity Modeling]

計算に用いたプログラムはスタンフォード大学が公開しているパブリック・ドメインのオープンソースのfortranプログラム【GSLIB = Geostatistical Software Library】です。具体的な推定にあたっては、豊洲市場の敷地に10m間隔の2次元推定メッシュを設定し、その格子点で濃度値を求めました。推定点の個数は1つのリアライゼーションについて数千点に及びます。また、リアライゼーションについては100個作成し、位置毎に統計処理を行いました。

ちなみに、シミュレーションにおいては、ヒ素・ベンゼン・シアン化合物の各濃度に対して、それぞれ環境基準の1万倍、10万倍、1000倍という過去に計測されたこともないレベルの濃度値が発生することを許容するという極めて保守的な計算条件(安全を厳しくチェックする計算条件)を設定しました。まさに【ブラックスワン black swan】のような厳しい【テイルリスク tail risk】を考慮していると言えます。また、計測値が不検出の場合については、ヒ素とベンゼンは0.0009、シアン化合物については0.09という極めて保守的な値を設定しました。実際にはどうでもよいレベルなのですが、こういうところに常識的な値を入れると「恣意的な解析」などと反対運動家がヒステリックに騒ぐんですよね(笑)。

次の図は、100個のリアライゼーションに対するE-type推定によって最終的に得られた濃度の空間分布のマップです。

濃度ヒ素
濃度ベンゼン
濃度シアン

また、次の図は環境基準の100倍の濃度が発生する確率の空間分布を示したものです。

確率ヒ素
確率ベンゼン
確率シアン

ここで念のため断っておきますが、揮発性物質について環境基準の100倍の濃度が地下水中に発生しても地上空気の環境基準は保たれることが豊洲の専門家会議の計算によって示されています。

なお、最高に悲観的なハザードシナリオを描く活動家の皆さんには残念なお知らせですが、ブラックスワンのようなハザードは発生しませんでした。条件付分散が最大でも1程度なので、1万個くらいリアライゼーションを作成すれば1回くらいブラックスワンが発生するかもしれません。また、環境基準の10万倍のベンゼン濃度は実際にはブラックスワンではなく、浄化できるレベルであることが東京都の[実験]によって示されている(環境基準の20万倍のベンゼンの浄化に成功)ことを付記しておきます。


現象の考察

まず濃度分布の全体的傾向を見ると、排水基準を超えているポイントがいくつか存在するものの、その分布範囲は全体のわずかな部分であると言えます。ちなみにマスメディアが大騒ぎしているベンゼン濃度についても最大で環境基準の79倍です。

個々の物質について概観すると、ヒ素については、5街区で環境基準を超す範囲がやや広く分布している他、6街区の中西部および7街区の中東部に分布しています。ベンゼンについては、6街区の中西部および5街区の中東部に排水基準を超えた比較的高濃度を示す部分があります。7街区ではほとんど認められません。シアン化合物については、6街区と7街区の西部にやや広く分布し、6街区では一部排水基準を超えた個所があります。5街区ではほとんど認められません。

このような傾向を基に各物質の濃度分布を比較すると、6街区中西部のような3つの物質が共存する場所もありますが、その空間的な【相互相関 cross correlation】は必ずしも高くないと言えます。このことは元データの分析でもわかることです(×は一方ないし両方の物質が不検出)。

相互相関

次の図はクリギングによって得られた2016/10/03(地下水位データ公開の開始日)、2016/11/24(モニタリングデータの採取時期)における地下水位の空間分布です。

地下水位1003
地下水位1124

初期水位がやや高かったところに高濃度部分が位置する傾向がないわけでもありませんが、グローバルな水位や動水勾配との顕著な相互相関の傾向は認められません。

基本的に周辺よりも水位が高い場所というのは周辺よりも透水性が低い箇所であると言えます。このような個所では、間隙率が低いので流量変化に対して水圧が敏感に変化します。実際、この傾向はこれまでの豊洲市場における地下水位観測結果にも現れています。

豊洲市場の地下水位変動(5街区)0105
豊洲市場の地下水位変動(6街区)0105
豊洲市場の地下水位変動(7街区)0105

流量一定の場合、高透水性部分よりも実流速が高くなり、ミクロな掃流力も大きくなります。このため、拘留されていた汚染物質の移動が促進されたということも考えらえないことはありません。ただ、データを見る限り相互相関が顕著に大きいわけではありません。

一方、同様に、地下水の揚水量が大きい箇所に高濃度部分が位置する傾向がないわけでもありませんが、顕著な相互相関の傾向は認められません。

地下水位変動1003-1124

そんな中で一つ言えることは、豊洲市場の建設前の平成20年に汚染物質の分布を把握するために実施された[詳細調査]の結果得られた地下水中汚染物質濃度の空間分布と今回のシミュレーションによる推定結果が大局的によく対応していることです。

地下水中ヒ素濃度の空間分布(平成20年詳細調査)
H20ヒ素
濃度ヒ素↖今回のシミュレーション結果(ヒ素)

地下水中ベンゼン濃度の空間分布(平成20年詳細調査)
H20ベンゼン
濃度ベンゼン↖今回のシミュレーション結果(ベンゼン)

地下水中シアン化合物濃度の空間分布(平成20年詳細調査)
H20シアン
濃度シアン↖今回のシミュレーション結果(シアン化合物)

この詳細調査に関する東京都の解釈の概要は次の通りです。

詳細調査結果

これらのマップとシミュレーション・マップの濃淡の傾向が一致するということから次のような考察を展開することができます。

まず、現在観測されている濃度は浄化対策前の濃度の数100分の1程度であることから、現在も極めて高濃度の部分が土壌に残存していることは考えにくいと言えます。なぜならば、ヴァリオグラムの相関距離は50m程度であり、もしも高濃度部分が地下水中にそのまま残存しているとなれば、その数100分の1程度の濃度上昇では到底すまないものと考えられます。

空間統計学の観点から常識的に述べれば、対策で完全に除去できなかった潜在的な部分が地下水管理システムの揚水による移流で流動して顕在化したと考えるのが合理的であると考えます。これは次のようなメカニズムによります。

現在、地下水管理システムでは日々揚水が行われていますが、揚水を緩慢な速度で行う場合には孔周辺以外はグローバルな流線に沿う流れが支配的になるため、局所的な動水勾配の変動が生じにくく、局所的な移流も発生しにくいと言えます。そんな中、高止まりしていた地下水位を早期に低下させるために東京都が現在行っているのが、孔周辺の地下水位の急激な低下を伴う揚水であり、実際、孔周辺の水位が規定値を超えて低下するため、水位回復を待つケースがあることが報告されています。この一時的な水位低下によって揚水孔周辺には通常よりも大きな動水勾配が発生します。この一時的な流れについては、現在の1日あたり2回の観測頻度では検知することは不可能であると言えます。実は、動水勾配のサイクリックな時間変動は水みちに動的な圧力勾配を与え、物質移行を促進する方向に作用することが広く知られています[参考例]

このメカニズムによって環境は一時的に悪化することになりますが、長期的なヴューポイントに立てば、土粒子間に拘留されている汚染物質を除去するにあたって有効な方法であり、真の意味での浄化を促進するものであると言えます。

なお、もしも東京都がこのような物質移行のメカニズムを確認したいのであれば、【クロスホール透水試験 Crosshole Hydraulic Test】を実施すべきであると考えます。クロスホール透水試験は、揚水孔においてサイナソイダル圧力(一定の振幅と波長をもつ正弦波圧力)で揚水あるいは注入を行いながらモニタリング孔における圧力変動を経時的に計測する透水試験です。これによって得られる計測結果を放物型の偏微分方程式から得られる理論解に代入することで、水みちの3次元透水テンソルと比貯留量を把握することができ、汚染物質のトラヴェリングタイムを理論的に推定することが可能となります。本来、豊洲市場のようなアセットにおける50年~100年程度の短期間の環境問題であればこんなHLW地層処分の調査に用いるこのような技術を使用する必要はありませんが、おバカなマスメディアやヒステリックな反対運動家からあまりにも過激なゼロリスクを東京都が求められている現状では有効な方策かもしれません(笑)。


移転リスクと移転中止リスク

最近、小池都知事が【サンクコストsunk cost】の概念を持ちだして、豊洲移転を選挙の争点とするようなことを発言しています。【サンクコストの虚偽/埋没費用の虚偽 sunk cost fallacy】の議論が発生するのは、豊洲市場への移転が不可能であることが明確に示された段階であり、現状でのこの虚偽の議論は不合理であると言えます。

現在、移転の可否に関して議論できることは、【移転リスク】【移転中止リスク】を比較することです。合理性に基づいて科学的に移転の可否を意思決定するのであれば、移転リスクが移転中止リスクよりも大きければ移転を中止し、移転中止リスクが移転リスクよりも大きければ移転するということになります。ここではこの二つのリスクについて考えてみたいと思います。

【移転リスク】

現在、移転リスクとして最も問題視されているのが豊洲市場における人間の健康リスクと食の安全リスクです。リスクはハザードによる損害にハザードの発生確率を乗じることで求められますが、あまりにも不合理なこととして、マスメディアや反対派は以下に示すような事実上生起することがないあまりにもおバカなハザードシナリオを真面目に恐れていることです。

(1)地下水からの汚染物質の吸飲シナリオ

よく言われているように、豊洲市場では、地下水を飲むわけではないし、地下水を使って食品を洗うわけでもないし、地下水を使って市場を清掃するわけでもありません。しかも地下水管理システムに関わる作業員以外、豊洲市場の地下水と接触することは事実上不可能と言えます。この吸引シナリオで健康被害を発生するには、作業員の目を盗んで地下水処理室に忍び込んで大量の水を外部に持ち出す必要があります。むしろこの原因によって実際に健康被害が発生したとしたら、それは明確な自傷行為であると言えます。

(2)地上空気からの揮発性物質の吸入シナリオ

環境基準の100倍以上のベンゼンが45m以上の幅をもって地下水中に存在するという前提条件の下でほぼ無風の環境下の地上に70年間365日24時間とどまっている人が10万人いた場合、そのうち1人がガンでなくなるというシナリオです。まず、「100倍以上のベンゼンが45m以上の幅をもって地下水中に存在する場合にほぼ無風の環境が70年間継続する」というのがありえない想定です。東京都が浄化もせずにそのような状態を維持するのは、マスメディアや反対運動家が絶対に許容しないことでしょう(笑)。さらに「家にも帰らずにに70年間365日24時間豊洲市場の敷地に居続ける」という想定はドリフのコントでもまったく及ばないほどおバカであると言えます(笑)。この場合、おそらくベンゼンが原因で亡くなるよりも、熱中症で亡くなったり、風邪をこじらせて肺炎で亡くなってしまう人の方が断然多いものと考えられます。ちなみに、密閉型の豊洲市場で働く人たちがこのような空気と接触する可能性は極めて低いと言えます。

(3)地上空気に含まれた揮発性物質に接触した食品の汚染シナリオ

地下水の水質が環境基準の10万倍となった場合にその地下水から気化した空気に生鮮食料品に付着した水が接触するとその水は環境基準を超えることになり、人間の健康に影響を及ぼすというシナリオです。大前提としてこのような空気が存在した場合、その空気自体が環境基準に抵触するため、とっくに市場は営業中止になっており、食の安全が脅かされることはありません。また生鮮食料品に付着した水を2リットルも集めるのは至難の業であり、それを70年間毎日飲み続けるというのも鬼のようにハードルが高いと言えます(笑)。さらにはそんなありえない人が10万人存在したとして、そのうちガンで亡くなるのはたったの1人という確率です。豊洲市場において、食の安全が脅かされて消費者がガンで死亡するなどという可能性は最初からなかったと言えます。

(4)液状化による汚染物質の噴出シナリオ

液状化とは、地震によって地下水位以下の緩い地盤(主として緩い砂地盤)において地盤粒子と地下水が分離し、地盤沈下が生じるとともに、地下水が地上に噴出するというものです。豊洲市場の場合には、液状化対策が実施され、地震によって地盤粒子と地下水が分離しないように(1)サンドコンパクションパイルによる地盤締固め、(2)コンクリート固化抗による地盤締固め、(3)グラウティングによる格子状地盤固化等の地盤強化対策が実施されているとともに、地下水位以上にあるポーラスで不飽和な砕石層(間隙が大きい粗粒礫層)が存在するため、仮に地下水圧が上昇してもこの部分で圧力解放される可能性が高いと考えられます。したがって、液状化が発生するハザードの確率は低いのですが0ではありません。ただ、仮に部分的にサンドダイク(噴出砂脈)が生じたとしても、その部分を掘削除去すれば済むことであり、ハザードのダメージは大地震時の原状回復と大きく変わらないものと推察されます。もちろん、そのような緊急時に市場が運用されるわけがないので食の安全は保たれます。また、市場は重要インフラであるという性格上、掘削除去の中心とする作業は優先されて実施されることになると考えられます。なお、市場の建屋下部における地下空間の存在によって、仮に地下水が建屋下部から噴出してもそれは地下空間に流れ込むだけであり、市場部の環境安全性は保たれることになります。この点からも、地下空間を設置したことが逆に有効であったと言えます。もしも市場下方が盛土であった場合には、市場の地上部から盛土を掘削除去するケースも十分に想定され、この場合には市場が長期間にわたって運用できないことになります。なお、豊洲市場の地盤が周辺と比べて液状化しやすいかと言えば、必ずしもそうではありません。建設完了前のH24の段階でのハザードマップでは次の図のように評価されています。

液状化マップ

(5)ゼロリスク追及による地盤改良費用増大シナリオ

以上のうち(1)-(3)のリスクが実際に存在しないことはすでに専門会議でも明確に述べられています。しかしながら、ワイドショーを中心とするマスメディアがそのことを正確に発信できないばかりか、いい加減な間違いを喧伝するため、風評が拡がっていると言えます。現在も、第9回のモニタリング結果を受けて「環境基準の79倍のベンゼンが地下水から検出された」ということでマスメディアは大騒ぎしていますが、地下水から環境基準の100倍(排水基準の10倍)のベンゼンが出てそれが気化したところで、地上空気が環境基準を超過することがないことは、専門家会議の計算によって示されています。情報化社会となり、社会が少しずつ公正になっている中、最終的なゼロリスク追及の攻防はこの計算にあるのではないかと思っています。つまり、環境基準の100倍のベンゼンが地下水流に存在しないように原位置浄化を行って環境を維持することが科学的なスレッショルドであると言えます(まぁ、実際には上記(2)のおバカシナリオではありますが・・・笑)。

ここで、重要なことはそのように維持するにあたって費用はどれだけかかるのか見積もることです。好意的に推察すれば、小池都知事が「サンクコスト」を持ち出したのは、実際にこの費用をどのように想定するかという論点を言いたかったのではないかと考えます。

この費用(リスク)を算出するにあたっては、環境基準の100倍(排水基準の10倍)のベンゼンが出現する確率(ハザード確率)にそれを処理する費用(ハザード損失分)を乗じたものになります。現在の豊洲市場の濃度分布の状況が定常時系列の一時間断面と考えれば、その費用は先に示した環境基準の100倍の濃度が発生する確率の空間分布に処理費用を乗じたものの合計値となります。今回実施したシミュレーションでは10m×10mの範囲の区画でハザード確率を算出していますが、その1区画あたりの原位置処理を500万円と仮定した場合、費用の合計値は約3億円になります。仮に1区画あたり1000万円かかるとしても約6億円です。

なお、東京都が建屋下方に勝手に地下空間を作ってしまったことによって(笑)、ボーリングマシンを地下空間に自由に設置できることになり、地上部で市場の営業を行いながら緊急のハザードとはならない汚染に対する原位置処理を行うことができるようになりました。もちろん、ボーリングマシンの搬入にあたっては重機で壁をぶっ壊す必要もありません(笑)。幅1.5m程度の間口があれば搬入できます。したがって、原位置処理以外に工事に費やされるエクストラチャージはほぼ0ということになります。

3億円という費用が高いか安いかは個人の価値観によりますが、都知事選挙の費用が約50億円(都民一人当たり350円)であることを考えれば、風評で東京都を大きく揺るがす懸案事項に対して、都民一人当たり約20円程度の負担はそれほど大きくないかと私は思います。

【移転中止リスク】

移転を中止することになれば、この6000億円にものぼるアセットは宙に浮くことになります(笑)。もちろん高く売れればそれに越したことはありませんが、買い手がつかない可能性も考えられると思われます。業者に対しては設備を全額補償する必要があるばかりでなく、[過去記事]でも書いたように、キャッシュフローや割引率を考慮した補償が必要であると考えます。

豊洲市場売却にともなう損失の費用毎の生起確率が不明であるためリスク計算はできませんが、そのブラックスワンは、移転リスクのレベルよりも少なくとも2オーダー高いと言えます。5000億円と言えばざっと見積もって都民一人当たり約4万5000円であり、4人家族であるならば18万円分の資産が失われることになりかねないことになります。

ステイクホルダーとしての都民の立場に立ってみれば、市場で働く人たちの健康が侵されることは直接的なハザードではなく、地下水が食の安全を脅かすということが唯一の直接的なハザードとなります。このハザードの発生する確率は上述したようにゼロであり、リスクは0円となります(笑)。「都民ファースト」というスローガンで考えれば、「移転」か「移転中止」かは明白であると考えます。そして、小池都知事の文脈で言うところの「サンクコスト」を考えると、移転延期によって市場の方々に補償される費用こそが「サンクコスト」となる可能性があるということです(笑)。


エピローグ

最後に一つだけ

この一連の移転問題において、
明確なコストベネフィットも示されずに
最も大きなリスク負担をさせられているステイクホルダーは、
他ならぬ東京都民なんですよね~(笑)