糖尿病がブラックボックスになったかのような
千と千尋の神隠し事件の話をしていたのに
話があちこち飛ぶようですが
医療の良心について話すのに
いろいろ例を挙げようと思います。



吟遊詩人ガラスの夢で描いてきた
母の千木病院での悲惨は
「尿閉」と診断を受けて
管を尿道に取り付けられ
固定され
病院でトイレに行かせてもらえなかったことが
一つあります。
(他にも抗生物質の多剤投与、
差し込みテーブルによる無記録無秩序無制限の
身体拘束など)


尿閉となったとは嘘で、それなのに尿道に
管を突っ込まれていたのですが、
石川県の医師はその不実を止められない。
(別の医師に診てもらっても、庇いあって真実を
隠す)

前の医師の面子を潰さない為に
患者に犠牲になってもらうことに
するわけです。


石川県にいてはいつまでも
適切な医師の判断は得られない。

退院間際に「自宅で間歇導尿する手技の
指導」を受け、
横浜に移動してすぐに別の医師に診てもらう。

あっけなく
たった一度小さな測定器を
膀胱近くに当てて、ピッと
音をさせ、ちらりと数値を見ただけで
導尿など必要なしと診断がおりる。




(導尿管を固定し
ビニール袋に尿を溜める方法では
感染症が一週間で発生。感染症を
抑えるのに今度は抗生剤を多量投与。
挙げ句の果てに抗生剤の効かない
耐性菌が身体に住み着いていた。)


間歇導尿の必要もなし。
(間歇導尿とは、膀胱に溜まっている残尿を
いちいち管を差し込んで身体の外に出す方法。
尿管を傷つけるリスクもあります)


千木病院での辻褄の合わない処置から
果たして本当に導尿が必要なのか
私は疑いを持ちましたが
石川県にいては、いつまでたっても
導尿は必要ないという判断が
得られない。

感染症を防ぎながら
導尿するために
わざわざ間歇導尿に切り替えることになり


介護者となる私が間歇導尿を母に
行う為にナースに指導を受け、
その費用を支払い、
導尿管を薬局で6000円くらい支払って
入手していました。

盗人に追い銭。


愚かしいことです。




福祉に強いという触れ込みの
何故か主義に反して毎回選挙に出る
政党関連の病院に
わざわざ地元国立大学医学部から
外来に来ている専門医に
診断していただいたのに。


残念でなりません。



ナースが
「あの先生は普段ならこれ位の残尿なら
導尿などしなくていいとおっしゃるのですよ」
と、しきりに風を送ってきたけれど、
医師がはっきりとそう患者や家族に告げないことには。

真っ暗闇の泥沼から這い出ることができるかと
望みをかけていただけに残念です。



入院病棟から外来に予約を入れ、
ようやく少しは理にかなった
説明を聞けると期待して
予約時間に母を車椅子に乗せ診察に向かう。 
(注:横浜に行ってからはすっかり歩けるようになりました。
千木病院では1認知症で2廃用症候群3一生車椅子と
宣言されましたがその言葉を鵜呑みにしなかった。)


ずいぶん長く待たされました。
男の人の話している声が聞こえます。


患者さんと話しているのだろうか。

長い。

相手の声は聞こえない。


約束の時間から半時ほども過ぎてようやく
診察室に呼ばれますが、
入れ替わりに誰か診察室から出てくるかと思ったら
誰もでてこない。

中で患者さんと医師が話していると思ったが
患者と話していたのではなくて、
電話で医師が誰かと話していたようです。


多分、話していた相手は入院病棟の母の主治医
(まだ20代位の女医さん)


その時は気がつきませんでした。

あんなに人を待たせて、診察していたのではなくて
主治医と話していた。



さあ、ようやくこの年齢も重ねられた
専門医に公正な診断をしていただける、

果たして導尿が必要な状態なのか医師に聞きました。



様子が変です。

何故か私の質問にお答えになるのに
顔を真っ赤に紅潮させている。温泉に
入っているお猿さんのように真っ赤。


何故、この人は怒るのだろうと不思議に
思いました。

本当に分からなかったのです。


福島の事故後に展開された
騒動を一通り見た今なら、分かります。

深く追求されたくなかったのですね。


それでも顔色一つかえずに
欺き続けた若いもん(医者屋)や
何もせずにしらを切り通した議員に比べれば
人間らしさは残っているといえます。


・・少しは恥を知っていらした。

だから顔色が変わったというわけです。



俺のしたことじゃない。

元は他の医師がしたこと。
(金沢医科大から千木病院に転院する間際に
管が入った)

なんで俺にお鉢が回ってきた。

学閥も違うのに。

とお怒りになるかもしれませんが

教える立場にもいらっしゃるわけですし、

もし痛みを持たれたなら

学生さんの教育に活かしてくだされば

と願います。


高齢の母に間歇導尿は

必要でないならば

大変なリスクと負担です。