アイドルの「底」を抜け(2) | 私、BABYMETALの味方です。

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アイドルとメタルの弁証法
-May the FOXGOD be with You-

★今日のベビメタ

本日2月26日は、2014年に1stアルバム「BABYMETAL」がリリースされた日DEATH。同日、雑誌「ヘドバン」Vol. 3に特集記事が掲載され、2016年には、iTunesで「KARATE」が先行配信され、イギリスとアメリカのメタルチャート1位を獲得。いよいよ、Fox Day間近の感があったのに、今年は…ねえ。

 

BABYMETALをアイドルとして見た場合、AKBグループを除けば、2016年の配信シングル1曲+フルアルバム1枚+DVD&BD2セット(限定豪華版+通常版)のリリースは、立派なものだし、売り上げから見ても十分トップグループといっていい。だが、海外進出を前提としているため、通常のアイドルとは評価の尺度が異なるはずである。

ではアイドルとしてのBABYMETALのどこに「違い」があるのか。

だんだん危険な領域に突入しつつあるが、それを紐解くのに、BABYMETALの「設定」について考えてみる。

重音部結成時、KOBAMETALが三人にメロイックサインを教えたところ、影絵のキツネさんと間違えて手遊びしたことから、キツネサインはBABYMETALのオリジナルサインになった。そこから「メタルの神キツネ様に召喚されて、アイドル界のダークヒロインBABYMETALが誕生した」という「設定」が生まれ、「ライブ中は神が降臨しているから記憶がない」と言い張ることから「神、降臨!」というギャグもできた。

1970年代、アイドル歌手にピュアで素朴な清純派カワイコちゃんを演じさせるために「結婚には憧れるが、恋愛はしない」「ケーキとサラダしか食べない」「おならもしない」「鼻毛や腋毛は生えない」「トイレにも行かない」というイメージづくりが発展していったのが「設定」という考え方である。

これは日本の古い文化に伝統を持つ。今昔物語集巻三十にある平定文(たいらのさだふみ)、通称平中(へいちゅう)の話。平中は侍従の君と呼ばれる美しく賢い女性に恋をするも振られ続け、自分をあきらめさせるために彼女のおまるを盗み、排泄物を見てみる。すると、それはスパイシーでかぐわしい匂いを発散していた。実は、彼女はストーカー対策として、あらかじめ丁子(シナモン)を煮出した汁に香木を加えたものをおまるに入れておいたのだった。平中はかえって侍従の君に深く入れ込み、絶望のあまり病に伏して死んでしまったというから罪深い。これが日本最古のストーカー事件とその対策としての「設定」であろう。

1990年代になると、あり得ないことが分かっていても、TVの画面の中では共演者が信じてあげるフリをするマナーとして定着し、酒井法子ののりピー語とか、コリン星のプリンセスだという小倉優子とか、コミカルな「設定」が続出した。

「メタルアイドル」としてのBABYMETALの「設定」もあり得ないものであり、小中学生がやるから、一種のギャグだった。しかし、BABYMETALのそれは、日本のアイドル界だけにルーツを持つものではなかった。

ロックバンドやメタルバンドにも、各種のギミックがある。

80年代初頭に一世を風靡したテクノバンドDEVOは「退化した人類」であるという触れ込みだったし、アメリカのメタルバンドKISSや、BABYMETALがオマージュする聖飢魔Ⅱは自分たちは「悪魔」であると言い張っていた。ロニー・ジェイムス・ディオのオリジナルメロイックサインだって、イタリアに伝わる“邪視”を避けるためのハンドサインで、カトリックから見れば唾棄すべき黒魔術の象徴だし、オジー・オズボーンはステージで蝙蝠を食い、マリリン・マンソンはアンチクリスト・スーパースターと称していた。

そんなことを言えば、プロレスラーだって、アンドレ・ザ・ジャイアントは「ホモ・サピエンスではなく歯の数が4本多い巨人族の生き残り」であるとか、ザ・マミイは「蘇ったミイラ」であるとか、力道山と戦ったキングコングはハンガリー出身なのに「東亜の怪物」だから常に首に鎖をつけているとか、いくらでもある。

日本でも欧米でも、興行の世界では、明らかな嘘でも「普通の人間ではない」というギミックを売りにして客の好奇心を煽るのである。そしてそんな安っぽい見世物がまかり通るジャンルは、子ども向きの下賤なジャンルとみなされるのが常である。

だから、プロレスはスポーツではなくて「ショー」だし、音楽の世界では、アイドルもメタルも、クラシックの演奏家から見れば目くそ鼻くその下賤なジャンルなのだ。

しかし、このブログのタイトルの元となった「私、プロレスの味方です」の作者、村松友視の言葉を借りれば、「ジャンルに貴賤なし。ジャンル内に貴賤あり。」

たとえ下賤とされるジャンルの中でも、その真髄を極めたものは、ジャンルを超えて普遍的な輝きを放つ。彼の脳裏にあったのは、「過激なプロレス」を標榜して社会的にも影響力を持っていたアントニオ猪木であるが、BABYMETALもまた、アイドルかメタルかという論争を超えて、音楽業界や社会を揺さぶる存在となった。そのとき、たんなる「設定」ないしギミックと見えたものが、深い意味を持ってくる。

Legend“1997”(2013年12月21日)は“1999”と同じく前半はカラオケのライブ。それも「ヘドバンギャー!!!」のEDMバージョンに始まり、「いいね!」「ド・キ・ド・キ☆モーニング」とアイドル色の強い曲が続き、SU-は、1997年のアニメ「エヴァンゲリオン」の主題歌「魂のルフラン」のカバーを熱唱する。

神バンド登場はなぜか中盤の「おねだり大作戦」から。

そして終盤、SU-は「紅月-アカツキ-」のピアノバージョンを切々と歌い上げる。これを現在に至っても「紅月-アカツキ-」のベストにあげる方もいるくらい、とても16歳になったばかりとは思えない表現力である。

「紅月-アカツキ-」は、幾千もの不遇な夜を耐え忍んだ「メタルへの愛」を歌った曲。

その直後、神バンドの生演奏による「BABYMETAL DEATH」の中で、SU-は十字架にかけられる。「DEATH!DEATH!」とYUI、MOAと観客が叫ぶ中、背後にそびえる聖母マリア像の首が落ちる。

聖母マリア像は偶像=アイドルの象徴。「BMD」のテーマはいうまでもなく「死んで復活する」である。ここでライブは終了し、日本武道館2Daysの告知が行われる。

ステージに巨大な女神像を設置し、ライブ中にぶち壊すこと自体、METALLICAへのオマージュではあるが、ここでギミックに満ちたミュージカルは、現実のBABYMETALの境遇と交錯していることがわかる。

2013年6月30日のLegend“1999”のラストは「アヴェマリア」、そして12月21日の“1997”のオープニングも「アヴェマリア」。SU-は十字架にかけられ、マリア=偶像の首が落ちる。そして2014年3月1日日本武道館初日は“巨大コルセット祭り~天下一メタル武道会ファイナル”で、コルセットを投げ捨てるところで終わる。つまり「修行」の終了。ここでYUIがステージから落ちるアクシデントを1万人の観客が目撃する。そして2日目の“召喚の儀~Dooms Day”は欧米進出が告げられる日である。

2012年10月6日のLegend“I”から数えれば、1年半に及ぶギミックに満ちた連続ミュージカルだが、そこに五月革命、サマソニ、LOUDPARK13という神バンドを帯同したロックフェス席捲という「リアル」が加わる。

アイドルなのか、メタルなのか。ギミックなのか、マジなのか。

そのどちらでもなく、どちらでもある。

今となっては「KARATE」の最後のシーン、変な「メタルアイドル」としての「設定」を笑われ続けてきた悔しさを振り上げた拳で表現し、それをキツネサインに変えて客に見せ、すっと自分の胸に秘める、あのシーンですべてがわかる。

ギミックを演じ続けるところにBABYMETALの真実があった。

「神、降臨!」と言い続けることによって、過酷なライブを乗り切ってきた。

アイドルファンには「お客さんを笑顔にしたい」と言い、メタルファンには「生演奏に背中を押される」と言ってきた。

シリーズ的には「修行」の最後と位置づけられる日本武道館初日。

「ヘドバンギャー!!!」の煽りの最中、YUIがステージから消えたとき、慌てず、二人のバミリの中間地点で踊り続けたMOA。

YUIが気丈にも花道に姿を見せたとき、アイコンタクトしてぐっと目力を込めたSU-、涙を見せまいとクラウチングスタートの恰好のまま、下を向いたMOA。

その三人の思いが「イジメ、ダメ、ゼッタイ」の疾走で爆発するのを、1万人のファンは目の前で見た。

歌舞伎の言葉に「虚実皮膜」というのがある。

役者は役を演じるが、その化粧=嘘の中に、観客の心を揺さぶる人間の真実を表現する。

嘘とマコトは紙一重、一枚紙のウラオモテという意味だ。

つまり、BABYMETALにとっては、アイドルであることもメタルであることも「設定」なのであり、嘘でもあり真実でもある虚実皮膜なのである。

BABYMETALの「設定」では、リアルな学校生活、オフステージの日常の暮らしを「世を忍ぶ仮の姿」(聖飢魔Ⅱへのオマージュ)と呼ぶ。

その様子は完全に非公開だから、一般には窺い知ることはできない。しかし、その言い方からして虚実皮膜なのだから、表に出てきたときには必ずその成果が立ち現われてくるのだろう。

だから、アイドルファンとして、BABYMETALのサービスが悪いとお嘆きのむきには、「BABYMETALはただのアイドルじゃありませんぜ、旦那。嘘かマコトか、何考えてるかわからないのがあの子たちじゃありませんか。どうせまた、あたしらの度肝を抜くようなことをやってのけるに違いありませんや」とでも言って、「アイドルかくあるべし」と思い込む自分の「アイドルの底」をとっぱらってもらうとよい。

アイドルではない、メタルでもないと言ってしまえば何もなくなってしまうはずなのに、そこにアイドルでもメタルでもあるBABYMETALというOnly Oneの存在が浮かび上がってくる不思議。

KOBAMETALの妄想だったものが、三人と神バンドの鍛え上げられた生身の肉体によって現実化してくる奇跡。

その魔法のような在りようを、「キツネ様」という虚実皮膜でくるんでしまう。

そこが、他のアイドルとは決定的に違う二重の「設定」の妙なのだ。

 

P.S.フジテレビ「ぐっさんと行くならこんなトコ!」(2月25日放映)に、虎姫一座が出ていました。さくら学院でYUI、MOAの同級生だった田口華はまだ高校2年生だから研究生ですが、やがて主役の一人となっていくのでしょう。

スピカの夜(島ゆいか&飯田来麗)は2月22日に初のミニアルバム「Tokyo Days,Tokyo Nights」をリリース。

堀内まり菜と佐藤日向は昨年、秋桜学園合唱部に客演しました。

みよまつ、ベビメタに続き、さくら学院卒業生の活躍を見るのは、うれしいですね。