衝撃…わかってしまいました。イイトコサガシ:冠地情と生き辛さを抱えている人たちの間にあるもの。 | コミュニケーションで生き辛さ(苦手意識・経験不足)を抱えている人たちへ…イイトコサガシ・ワークショップ!

コミュニケーションで生き辛さ(苦手意識・経験不足)を抱えている人たちへ…イイトコサガシ・ワークショップ!

イイトコサガシはコミュニケーションに生き辛さ(苦手意識・経験不足)を抱えている人々のためのワークショップ団体です。
一般の方、ご家族&支援者の参加は大歓迎です。
43都道府県(都内47区市離島以外全域)で1000回以上開催実績があり、多数の研修実績があります。

【拡散希望】
イイトコサガシ:冠地情が、生き辛さを抱えている人たちと相性の悪い理由…
 
反感を持たれやすい理由…
 
嫌われやすい理由…
 
応援されにくい理由…
 
それがかなり明確に「わかってしまった」ので、言語化してみたいと思います。
 
※ あくまで私の主観(経験談)と言うのは大前提です。
 
1.生き辛さを抱えている人たちの多くは、ナチュラルに優しくて柔らかい人が好き
 
正直、私もそうです。
 
逆を言えば、イイトコサガシ:冠地情のように、灰汁が強くてクセがあって、好き嫌いがハッキリ分かれるタイプは苦手な人が多いように思います。
 
押しが強い人より、自分を受け入れてくれる人を好む人が多いとも言えます。
 
2.生き辛さを抱えている人たちは、すれ違いを防ぐために物事をハッキリさせていく人より、物事を緩やかに進め、すれ違った時は自分に合わせてくれる、そのしわ寄せを受け入れてくれる人が好き
 
イイトコサガシ:冠地情のコミュニケーションは、例えすれ違いを防ぐことが目的だとしても、キツイ…
 
言い訳や逃げ道がどんどん塞がれていくような、明確な答えを迫られていくような圧迫感があるのだと思います。
 
保留や曖昧、逡巡、そして葛藤を優しく受け入れてくれる、付き合ってくれる前提で、すれ違いを防いでほしい、あるいは意見の交通整理をしてほしい人が多いように思います。
 
3.生き辛さを抱えている人たちは、自分たちのことを優先してほしい、と言う気持ちが強い
 
イイトコサガシ:冠地情は、過去の心の傷があるため、生き辛さを抱えている人たちを受け入れようとすることより、自分を守ることを優先させてしまう場面があります。
 
無意識にと言う時もあれば、仕方なくと言う時もあります。
 
生き辛さを抱えている人たちは、それを敏感に感じ取ってしまうのでは?
 
と考えています。
 
イイトコサガシ:冠地情は、自分の生き辛さや方法論、考え方を言語化することに長けているため、結果的に生き辛さを抱えている人たちに対して優位な立場になりやすい、と思います。
 
生き辛さを抱えている人たちからしてみれば、
 
「なんで冠地さんを先に受け入れなきゃいけないの?
冠地さんが私たちを受け入れるのが先でしょ?」
 
という感覚があるように思います。
 
4.生き辛さを抱えている人たちは、性格に関する創意工夫を、ごまかし・偽り・表裏がある…とフォーカスしてしまう場合がある
 
私も支援者さんにそう感じること、あります。
 
イイトコサガシ:冠地情はかなり感情が強く出てしまう人なので、それを和らげようと創意工夫しています。
 
しかし、その創意工夫がわかりやすすぎるため、生き辛さを抱えている人たちを疑心暗鬼にさせているのでは?
 
「優しい顔したって、私は騙されないから」
 
となってしまう生き辛さを抱えている人たちが多いように思います。
 
ちなみに昔からイイトコサガシ:冠地情のワークショップに参加して下さっている、親御さんは私の創意工夫を成長と解釈して下さっています。
 
やはり立場によって、見え方が全く違ってくるのでしょう。
 
5.生き辛さを抱えている人たちは、目指そう・試そうという価値観の人より、自分の意思を尊重し、受容してくれる人が好き
 
生き辛さを抱えている人たちは心の傷が深いため、まずは尊重であり受容…信頼関係が大切となります。
 
今更ですが、目指そう・試そうが主眼のイイトコサガシ・ワークショップ(グループ)は、生き辛さを抱えている人たちと信頼関係を構築するのが難しい…
 
ということが、個別ワークショップをしていく中でわかりました。
 
個別ワークショップの中で時間をかけて合意形成を経験してみて
 
「この感覚、グループのワークショップではありえないな」
 
と思ったのです。 
 
 
これだけそろってしまうと、しょうがないかな、と思ってしまいます。
 
当事者会の参加者同士ならまだ我慢できると思いますが、ワークショップ・ファシリテーターという立場だと、生き辛さを抱えている人たち的には複雑な感情が芽生えて当然でしょう。
 
もちろん、開き直るつもりはありません。
 
努力するつもりはありますし、これまでも努力してきたつもりです。
 
しかしながら、自分の個性・生き方と生き辛さを抱えている人たちのどちらを優先させるかと言えば…
 
言うまでもなく、自分の個性・生き方となります。
(このこと自体、生き辛さを抱えている人たちからすれば面白くないのでは?)
 
そして、私は生き辛さを抱えている人たちが好意を持つようなタイプではないため、人の何倍もの努力が必要となるでしょう。
 
なので正直な話、すぐにどうにかできることではない、と言うのが私の現時点での結論です。
 
できることは、今回のことを公的に明らかにし、生き辛さを抱えている人たちが少しでも傷つかないように、不愉快にならないようにするくらいかな、と。
 
私は多くの人に好かれようとは思っていません。
 
そして、好かれる倍以上嫌われるのはしょうがないこと、と割り切っています。
 
せめて傷つけ合わないようにできたらよいな、トラブルにならないようにできたらよいな、というのが本心です。
 
上記の内容について、
 
「全くその通り!」
 
と思った方はどんどん乗っかって構いませんので、正直なコメントをよろしくお願い致します。
 
上記に書かれていない理由がある場合は、ぜひとも教えて下さい。
 
今後の活動の参考にさせて頂きます。
 
逆に
 
「そんなことないよ」
 
と言う方もどんどんコメントをよろしくお願い致します。
(ちなみに私は自分のことが好きですし、自分の可能性・魅力を強く感じています…今回の内容が事実だったとしてもそれは揺るぎません、ご安心下さい)
 
この問題を曖昧なままにしておいても、ろくなことになりません。
 
私のような人はそれなりの数、います。
 
皆でどうしたらよいか、建設的にアイディアを出していけたら…そのたたき台に自分がなれたらと思わずにはいられません。
 
繰り返しになりますが、今回の内容は私の主観(経験談)です。
 
全国を回り、色々な人と交流してきた経験から出てきた仮説です。
 
当てはまらない生き辛さを抱えている人たち…
 
もちろん多数いると思います。
 
あくまで私が感じる傾向であり、それ以上でもそれ以下でもないことは強調させて頂きます。
(大前提ですが、今回の問題提起は私のため…という割合が一番多いです。しかし、それ以外にも目的は複数、存在します)
 
上記について意見、質問、感想があればどんどんよろしくお願い致します。
 
こういう問題提起から始まるやり取りこそが、理想の自分取扱説明書になると「私は」思っています。
 
私をたたき台に、コミュニケーション・人間関係の難しさを可視化・構造化しましょう。
 
次世代がもっと活動しやすくなるために、良い意味で衝突しやすいように、良い意味で集合離散しやすいように、良い意味で問題提起しやすいように、私をたたき台にしませんか?
 
私は皆さんの意見、疑問、提案、批判を欲していますからね!
 
どんどん直接の形で書いて下さい。
(個人のSNSやブログ、HPで書かれてもイイトコサガシは検討できません)
 
イイトコサガシは色々な価値観、考え方、方針があってよい、そしてそれが保証されるべきという立場です。
 
イイトコサガシ:冠地情(かんちじょう:本名)