政府紙幣発行論の問題点------------佐野雄二 | ワールドフォーラム・レポート

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政府紙幣発行論の問題点


続いて「政府紙幣発行論」についてですが、最近盛んな政府紙幣発行論は、「政府は法律上、いくらでも通貨を発行できるのだ」という解釈のもと、現在は、生産能力に比べて需要が落ち込んでいるデフレ・ギャップ状態だから、景気対策として財政出動が必要だ、その財源として政府通貨を発行すれば、国債と違って借金ではないから良い―というものです。



の考えは「赤字国債をもっと大量に発行して景気対策に充てろ!」という主張よりは、借金を増やさない分、堅実ではありますが、通貨発行はどこが責任をもって管理すべきかが不明な点、また、インフレの懸念が大きい点で問題があると言えます。

先ず、主張のように法解釈として政府貨幣が制限なくできるとして、日銀と政府のいずれが通貨供給について最終責任を持つのかを明らかにする必要があります。

この点につき日銀が通貨供給につき責任を持つべしというのが、現代経済学の到達した水準です。

なぜかというと、政治は絶えず、財政の肥大化の傾向に走りがちです。現在でも財政規律の観点から、財政法4条に「歳入欠陥が生じた時には建設国債を除いて、国債や借入金でまかなってはいけない」という規定があるのに、政府は法律を無視して赤字国債を垂れ流してきました。もちろん最初は、財政規律を逸脱して法律違反を犯すことに抵抗感はあったのですが、最近は法律違反であることさえ忘れたかのようです。

過去の歴史を見ても日本政府は、通貨の発行権を強力に行使した結果、ハイパーインフレを起こしています。先の第2次大戦後の「新円切り替え」ですが、3年半で100倍、10年間で300倍にも達した物価上昇は、別に戦時経済で物資が不足したから、という理由だけではありません。

政府は新円切り替えと同時に、郵便貯金の10年間払戻し拒否を実施し、かつ、金額も3分の1をカットしています。



物資不足だけなら預金封鎖の必要など無いのに、こうした手段をとったのは過剰な通貨を吸収するための措置でした。

この過剰な通貨は、戦争遂行に当たって大幅に拡大した国家財政と、政府通貨(軍票)の発行が原因であったと言えましょう。政府は植民地だった朝鮮半島と満州などで、国内通貨とは違う政府通貨(軍票)を発行しましたが、横浜正金銀行(旧東京銀行)を通じて、国内通貨への両替を公に認めて来ました。この政府通貨の過剰発行と物資不足が重なって戦後のハイパーインフレになったと思われます。



なお、戦後の賠償金支払いはサンフランシスコ講和条約以降の1955年からですから、ハイパーインフレの時期(1946年に預金封鎖)とは全く関係がありません。



ちなみにアメリカでも政府通貨(軍票)は、1980年近くまで軍人の給与支払いなど、軍隊内部で使われてきました(1991年からプリペイドカードに

変更)。しかし、これを米ドルと交換することは一切せず、マネーサプライの徹底管理をしてきたためにインフレとはならず、よってドルの基軸通貨としての信用を維持してきたのは知っておくべき知識です。もし、FRBが日本のように政府通貨(軍票)の自国通貨との交換に無条件に応じていたら、インフレでドルの価値は大幅に下がり、基軸通貨としての地位を早くに失っていたでしょう。

日本は、日露戦争の時も国家破産寸前までいっています。高橋是清は日露戦争を戦うための戦費を、外債を発行してイギリスの銀行家やユダヤ人ヤコブ・シフ(クーン・ローブ商会頭取)から資金調達します。戦争に勝ったから良いものの、彼らはロシアが戦争で負ければ良し、仮に日本が負ければ、債権取り立て名目で日本を植民地にするつもりだったと言います。

こうした過去の歴史に鑑み、通貨の発行権を政府が持つべきではなく、日銀に一元化すべきだ、というのが私の考えです。



「経済学が発達した現代に、そんな古い歴史は必要ない」というのは危険です。何故なら政府・財務省は、「外国に資金を頼れば、通貨価値下落時には膨大な負債となる」という高橋是清以来の教訓を忘れて、日本国債をアラブ産油国の政府ファンドなどに売ろうとしています。



彼ら財務官僚は歴史の教訓だけではなく、ごく最近(2008年末)のアイスランド破産の事例にさえ学んでいないと言えます。アイスランドは銀行だけでなく、国民の多くが外国(特に低利の日本)から借金をして、通貨価値暴落で借金が倍増しました。日本の円が強いからと言って、5年後、10年後も同じ状態が続くと考えるのは、金融史を知らない財務官僚の、楽天的に過ぎる行動だといえます。

デフレ・ギャップについて

・・・現在はデフレ気味であるとして、一般的な事を云うなら、デフレもインフレも事実上の損得はありません。故ならインフレになって物価が上がり、売上げが上がったからといって、半年~1年もすれば経費も上がり、いずれは給料も上がりますから相対的な利益は変わりません。

一方、デフレになって物価が下がり、売上が減っても、いずれ経費や給料も下がるので相対的な利益は同じとなります。

ここで困るのは、インフレ時に借りた借金をデフレ時に返す場合です。デフレで売上が下がったのに借り入れ返済は元の金額のまま、という訳で、この負担が大きいために、多少、インフレ気味の方が利息を含めた借入返済が楽であり、経済的にも好ましいとされます。

そうすると経済運営としては、「悪性のインフレは慎重に避けながら、金利程度のインフレにする(⇒調整インフレ)」というのが最も好まれる金融政策となります。

このことを知ると、最近の金融政策での大きな誤りは、1986年から始まったバブル経済です。1985年、中曽根内閣は、アメリカからの「内需拡大」の要請に答えるべく、前日銀総裁の前川春雄氏に指示して「前川レポート」を書かせました。

これは「規制緩和し、通貨供給を増やして内需拡大すべし」とするもので、1986年末から1991年2月までの間、バブル経済がもたらされました。この間のマネーサプライは前年比10%以上の増加を続け、人々はバブルに踊りました。

上昇したのは株(日経ダウで3万8千円超)と土地で、そのバブル時に借り入れた借金がバブル崩壊後も重荷となって、後の「失われた10年、不良債権問題」につながります。

合わせて経済が縮小傾向となったのは、同じ時期に大企業の中国やベトナムへの進出により、国内の仕事や雇用が失われためです(産業の空洞化)。

一方、バブル経済時から、土地や株は上がっても消費者物価は上がりませんでした。これは、すでに中国などからの安い産品が国内に出回っており、これが消費者物価を抑えていたためと言えます。



さらに1990年代後半には、橋本内閣のもと、金融ビッグバンが実施され、個人が制限なく外貨預金をできるようになりました。これらの政策により、金持ちの多くは余剰資金を海外で運用することになり、通貨供給が増えても国内消費には向かわず、インフレも起きないとい「流動性の罠」呼ばれる現象が起きていると思われます。

以上の点から、次の結論が導き出せます。

通貨管理は政府か日銀かのいずれかに一元化すること、金融の歴史を知れば政府に通貨発行権を認めず、日銀に一元化するのが妥当である。

金利程度の調整インフレは良いが、それを超えるインフレは実物経済の裏付けのないバブルとなり、バブルはいずれ弾けて、後遺症の回復に10年以上を要する。現在のデフレ・ギャップ(不景気感)は、大企業の海外進出による売上げ減や雇用減少など、金融政策以外の理由で起きているのであるから、それらを認識した政策が必要である。

無制限に外貨預金を認める現在の政策では、低金利下、金融政策がしり抜けになる可能性が大きい。株式市場も含めて金融を外資に頼れば、日本の国益を著しく害することにもなるから、いずれの面からも金融ビッグバンの見直しを考えるべきである。

日本の企業の多くが海外に工場移転している状況では、伝統的なケインズ政策は通用しない。たとえば、国民全員に40万円ずつ定額給付金を配ったとしても、ある者はアップルや東芝、ソニー(いずれも台湾にて製造)のパソコンを買い、ある者はユニクロや青山(いずれも中国で生産)で洋服を買い、ある者は豪ドルで預金する。

結果、GⅮΡの押し上げ効果はあったとしても、日本人の雇用や消費に貢献する部分は、3割が良いところである。それらの製品は台湾や中国でつくられているからである。

日本の税金で中国や台湾の雇用や消費力がアップし、それらの国に法人税や所得税が納められるのが大半であるから、経済政策として費用対効果を考えれば、単純なケインズ的政策はもはや効果が薄いと言える。

日本は1992年からの10年間に総額130兆円近くの経済対策を行った。それ以外にもアメリカに言われて(日米構造協議)、91年度からの13年間で630兆円の公共投資を行っている。これらはすべてケインズ流の財政出動として、本来なら景気浮揚効果を持つはずであったが、土木・建設業界の延命と財政赤字の拡大効果しかなかったのは、こうした理由による。

では、どうすれば良いかというと、経済政策として、雇用の維持とセーフティ・ネットの充実に全力を挙げる。そのことが国内消費の下支えとなるからで、デフレ・スパイラルに陥る危険性を回避する重要な政策である。



合わせて、太陽光発電や電気自動車、自家発電装置、高性能蓄電池、高度医療技術などの未来産業に積極的に投資することである。



不景気の時こそ、ピンチをチャンスにして、これまでの産業構造を洗い直し、将来の役立つ産業への転換を図る。それが日本経済を根底から強くするのであって、定額給付金のようにバラマキ型の対策は、費用対効果の点からも意味が薄く、国の借金を増やすだけのだと言わざるを得ない。