志葉楽のブログ


★相撲の呼び方
浅学広知 頭の中を 駆け巡り   自由律
派生して 何処へ行くやら 当て知らず
一捻りしてみた。対した句ではないけど。
 
面白い言葉がドンドン生えてくる。
頭の中で次から次へと。
時々 ど忘れして思い出すのに一苦労。
 
「スマヰ」→「すまひ」→「すまふ」→「すもう」
コレは何となく判るけれども「スマヰ」は何処から来たのか。
「スマヰ」と言う言葉が初めから有りそれから派生したのなら解る。
でも何も無いものに名前を最初から「スマヰ」と付けているのはどうも腑に落ちない。
調べても答えは出てこなかった。
 
「捔力」「角觝」「角力」までは何となく判るけれども 手乞(てごい)これは何か。
日本の古武道の総元締めのようである。
城もんではほとんどが争い事が無くて過ぎ去っていた。
弥生になると貧富の差も少しずつ出て来てトラブルも増え欲も増えてきたのだろう。
其処に手乞(てごい)が登場してきたのだろうね。
何時の時代も欲とトラブルは付いて来る。
手乞(てごい)の奉納が相撲や他の武術に別れていった。
「花道」というものもそのあたりで出てきたのではないだろうか。
相撲と歌舞伎
全然違う道で 今でも使用されている。
色んな物の「捔力」を辿るのも当事者なれば良いけど傍で見ている分には存分 ツマラナイ部分も有るけど。
昔を夢想してみるのもタマには良いのでは無かろうか。
日本を愉しむために。
 
 
★相撲の呼び方 http://bit.ly/zLBgiN
・「すもう」の呼び方は、古代の「スマヰ」から「すまひ」→「すまふ」→「すもう」に訛った。
・「捔力」(『日本書紀』)、「角觝」(江戸時代において一部で使用)、さらに漢字制限(当用漢字、常用漢字、教育漢字)により前者の用字を一部改めた「角力」という表記も有る(いずれも読みは「すもう」)。
・古代には手乞(てごい)とも呼ばれていたと言う説も有る。(手乞とは、相撲の別名とされ、相手の手を掴む事の意、または、素手で勝負をする事を意味する。)
・大相撲を取る人は「力士」(りきし)や「相撲取り」といい、会話では「お相撲さん」とも呼ばれ、英語圏では「相撲レスラー」と呼ばれる事もある。
 
★古武道 - Wikipedia http://bit.ly/zobimK
『日本書紀』に捔力で相手を蹴り殺したとの記述があり、この時代の捔力が相撲の起源と する説もある。これは蹴り技など用いていたと推測され、現代の相撲(大相撲・ アマチュア相撲)とは異なるものである。
 
★相撲捔力(かくりき)起源神話?http://bit.ly/yaNwpP
そろそろ本題に入ります
相撲(捔力)の起源は約2000年前です
日本初の正史『日本書紀』の中の垂仁天皇紀に書かれています
日本書紀は681年天武天皇の命で編纂が始まり40年後に完成
当時の国際語?であった漢文で記され中国王朝を意識しています
 
★角界の源流を探る(1)「久延毘古」考 - 記紀雑考シリア語の残像 http://bit.ly/wPUCXV
日本書紀の「捔力」(つまり相撲)は、「當摩蹶速」の「頓得争力焉」(漢文体 )という発言がきっかけである。これに似た発言が、実は古事記にも出てくる。「建御名方 」の「然欲為力競」(倭文体)という発言である。
 
★「相撲の起源」と「花道」について http://bit.ly/y0qOYt
 
★花道 - Wikipedia http://bit.ly/y17ZwN
花道(はなみち)は、歌舞伎等が行われる劇場で、舞台から客席を縦断するように張り出した部分。
舞台から一続きの廊下のように見える。
役者が舞台上に出入りするために使い、下手(しもて=客席から向かって左側)よりにあるものを本花道、上手(かみて)よりを仮花道という。
仮花道は臨時に設置されることが多く、常設の劇場はまれである。
 
起源は能楽の橋懸に由来するとされる。
歌舞伎では花道から登場する人物は、七三の位置(花道を十等分して舞台から三分目と四分目の間)で一旦動きを止め、短い演技(長いこともある)を見せるのが定石である。
本格的な花道には七三にすっぽんと呼ばれる小型のせりがあり、脚本・演出にあわせて使用される。
 
観客から見て二次元的な存在の舞台上から、役者が客席側に出ることで三次元的な演出を可能にしている点で、演劇史上特筆すべき装置といえる。
 
・相撲で、力士が土俵に向かい、また控え室に戻るための道も花道という。
・転じて、華々しい去り際を言う言葉。ある分野で活躍した人物が、華々しく見送られるときなどに言う。
・去り際以外にも、華々しい人生の歩み方を言うこともある。
 
★相撲節会 - Wikipedia http://bit.ly/yHcWAH
相撲節会(すまひのせちえ)とは、奈良・平安時代にかけて行われた宮中の年中行事。
射礼や騎射(後に競馬)と並んで「三度節」とも呼ばれた。
 
記紀にも相撲に関する記事が多く見られ、相撲自体は古くから行われていることは確実 であるが、相撲節会の最古の記録は『宮中行事秘事』などに伝えられる聖武天皇の神亀 3年(726年)に諸国より相撲人(今日の力士)が貢進されというものである。
 
★相撲節(前)http://bit.ly/xutJ43 ★相撲節(後)http://bit.ly/xHPQsN
さて、抑も相撲節というものは何のためのものなのか。
あっさり記せば、「「相撲節会」とは国家安泰と五穀豊穣を祈った大規模な平安時代の天覧相撲」(「大相撲」平成 6年12月号「再現・平安朝相撲節会」写真解説文)、「古来相撲には服属儀礼や、攘災に関係する要素があり、宮中では攘災や国家安泰を祈願し、武術の鍛練とともに娯楽の目的で相撲を行い、天覧に供し宴を賜う慣行があった」(新日本古典文学大系「続日本紀(二)」)、「朝廷行事としての相撲節の源流は、農耕儀礼と服属儀礼の二つの側面に求められるのが常である」(「相撲の歴史」新田一郎著)となる。
 
★すまい‐の‐せち【相撲の節】 の意味とは- Yahoo!辞書 http://bit.ly/xPzEXE
 
★骨法 (格闘技) - Wikipedia  http://bit.ly/w984HJ
伝承について
奈良時代の神亀3年に志賀清林によって「突く・殴る・蹴る」の三手が禁じ手にされたといわれ、一般的には古代の相撲の異称とされる「手乞」は禁じ手制定以前の、この武術の呼称であるとしている。
純粋な武術を「手乞」・武術を応用した医療行為が「骨法」とする。
 
★合気の源流“手乞(てごい)”-鬼の冠を読んでの考察 http://bit.ly/w8um0S
安直にwikipediaで調べてみますと、“手乞(てごい)”とは「相撲の別名とされ、相手の手を掴む事の意、または、素手で勝負をする。
気になるのは、手乞には“両手を活用鍛錬する”“相手の手を掴む”といった“手”の扱いがポイントであることです。
 
★忍之者と武術 http://bit.ly/ylm9bp
古代には、角力、拳打、手返、手乞等と称されていた、徒手格闘の武術を淵源とされており、従って他の古流柔術や拳法の様に、種々の武器は使用しない。
急所の名称も独特なものであり、柔術によく採用されている揚心流系の名称は皆無である。
 
★力士 - Wikipedia http://bit.ly/x9u798
力士(りきし・ちからひと)とは、相撲をする人間のこと。
厳密には、相撲部屋に所属して四股名を持ち、番付に関わらず大相撲に参加する選手の総称。
相撲取り(すもうとり)とも呼ばれる。
しばしば関取(せきとり)と呼ばれることもあるが、元来は大関のことを指す異称であり、現代では十両以上の力士のことを指す。
幕下以下の力士は力士養成員(りきしようせいいん)と呼ばれる。
また、本来は神事に関わる者であるため、日常会話では親愛と尊敬をこめてお相撲さんとも呼ばれる。
 
わんぱく相撲や大学の相撲部などのアマチュア相撲で相撲を取る者は四股名を持たないため厳密には力士ではない。
 
★関取(せきとり)http://bit.ly/xtZaWE
大相撲の番付で、幕内、十両の力士を指す。
これに対し、幕下以下の力士は取的(正しくは力士養成員)という。
 
★廻し(化粧廻しを)http://bit.ly/vZl88D
廻し(まわし)は相撲競技で用いられる用具である。ふんどしの一種。
まわし、回し、相撲褌とも表記され、外国人競技者の間では「相撲ベルト」とも呼ばれている。
 
★土俵入り(どひょういり)http://bit.ly/ypDgcb
大相撲の力士が土俵の上で行う儀式のことである。
横綱が行うものは横綱土俵入りとして区別される。
 
★大銀杏(おおいちょう)http://bit.ly/vZ4vaB
大相撲において、十両(十枚目)以上の関取が結うことができる髪形である。
また、幕下以下の力士でも、十両との取組がある場合や、弓取式、初っ切り、断髪式を行う際には結うことができる。
髷(まげ)の先端が銀杏の葉に似ていることからこの名がある。
関取でも大銀杏は正式なときにのみ結うものとされており、稽古時など普段の髪形は丁髷である。
力士の大銀杏は江戸時代に武士の間で見られたものとは異なり、前頭部は剃られず月代(さかやき)にはなっていない。

★付き人(付け人から転送)http://bit.ly/vZrK4C
付き人(つきびと)とは、一般的に、徒弟制度やその流れを汲む育成システムが存在する組織の中にあって、序列・位・格などが上位の者の側について、雑用・下働きを務める者のことである。
いわゆる「かばん持ち」などがこれにあたる。
付け人(つけびと)、内弟子(うちでし)とも呼ばれる。
雑用や下働きを通じて入門者の根性や熱意を見極めるともいわれているが、徒弟制度の影響のない組織には存在しない慣習である。
 
各業界においてもこのような役割の人々が存在する。