津波の被災地 南三陸町志津川へ行ってまいりました | ランプのブログ

津波の被災地 南三陸町志津川へ行ってまいりました

おはようございます。今朝は既に晴れて大分明るくなっている登米市は石越町。


でもまだ気温は低いです。


昨日、津波の被害が大きかった南三陸町志津川に行ってまいりました。


一昨日の夕方、志津川のお寺へ花環を届けて欲しいという依頼があり、現地の状況はよくわかりませんでしたがお寺までは行けるという事でお受けしました。


夕方の依頼で、朝も8時には出発だったので支援物資などは用意出来ず心苦しい状態で向かいました。


石越町から志津川までは約40分途中トンネルを抜けると南三陸町に入る。最初の町が入谷という地区。早速気付く”信号が動いていない”という事。被害が少なかった入谷でも電気は来ていないようでした。


入谷を進んで行くと”ひころの里”という施設の看板が見える。そこの反対側にお寺に行く山道があります。そこを進んで行く。


山道は高台なのでまだ被害は見えませんでしたが、下り始まって視界が開けた瞬間驚くべきあの光景が広がっていました。
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道路の両脇に瓦礫が積み重なっておりました。テレビではたくさんの事を伝える為、瓦礫ばかりを見る事も少なかったのだと思いました。画面を通すので現実から一歩引いた目で見ていたかもしれません。


その悲惨な状態は一面に広がる瓦礫を見ると言葉も『これはヒドイ』としか出てきません。


一緒に行った弊社の社長は『これは片付けだけでも10年はかかるな』と言っていました。それだけ広範囲に小さいゴミとなってしまった物まで片付けるとなると大変な作業になると感じました。


山道を抜けた辺りはちょうど海から障害物も無く水が入ってくる位の高さで、平地の中では奥の方になるので押し流されてきた建物などが溜まっているようにも見えました。


10日後位に石巻で建物の中から生存者が発見されたという事がありましたが、志津川のこの辺りには建物として残っているものはほとんど無く、全てと言っていいほど破壊されて散乱しておりました。


そんな景色がどこまでも続いているのです。


本当に悲惨です。実際テレビではあんまり伝わらないかもしれません。
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町の観光名所としても取り上げられている杉の巨木の奥にお寺はありました。高台なので津波の被害は無いように見えました。


出発前に避難所として使われているのか確認しました。やはり避難所となっており報告では40名となっておりました。


非難している人とおそらくボランティアの人なのかテントを張って境内全体を使用しておりました。


一見こんな所でお葬式していいの?と普通の考えだと思ってしまいますがそういう段階ではありません。


お寺の奥様に設営場所を教えていただき設営してまいりました。


当日のお葬式に飾ってくれという依頼だった為、葬儀が終了したら撤去しなければいけません。


終了まで約2時間。南三陸町を少し見て回る事にしました。
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ここが志津川の中心部だった所です。海産物屋さんなどがあったと思います。奥には志津川駅やウジエスーパーもありましたが全て無くなっていました。
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志津川サンポートと病院くらいしか残っていません。道路を作った為に脇には瓦礫が山積み。
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高校時代の同級生の家もこの辺りだったと思います。彼は今どうしているのかはわかりません。立っているアパートの屋上に車がのっています。
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いたる所で火を付けて不要となってしまった物などを燃やしているので町中が煙い。
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歌津辺りもひどい被害でした。何も残っていません。携帯の電波も入りませんでした。急いで入る志津川まで戻る。


人の目線で撮影しましたが伝わりますでしょうか?


現地の人達はどうする事も出来ず避難所にいるしかありません。


町には何もありません。買い物を出来る所もありません。車が無ければどこにも行けません。


テレビなどで『頑張ろう』と言っていますが、被災していない人達が頑張って”支え”なければどうする事も出来ないと思います。


本当に今こそ”支援”しなければいけません。見なかった事には出来ません。


津波の被災地の声に耳を傾けて今をしのげるように支援したいと思います。