今日は草食ゴジラ さん、とさ犬さんと 共に拉致監禁についてのことを話し合う時間が与えられました。その中で、この拉致監禁問題に対する一般的な認識を少し理解することが出来ました。
日本で最初に行われた今年2月14日の荻窪でのラリーの時には、「拉致監禁」というと北朝鮮のこと?という街の人の反応だったようです、それから2度目の杉並でのラリーの時には街宣車が登場しましたが、それでも街の人の反応は、統一教会員が拉致していると逆に捉えるひともいたそうです。
警察の人ですら、そんな事実があることを認識していなかった、当然信じがたい内容ですが、警察の人ですら認識していなかったということは、一般の人にはまだまだ浸透していませんし、理解しがたい内容であるようです。
また、一般の人がこの話を聞くと、どうして後藤徹さんの大きな体で逃げることが出来なかったのか、中には自作自演だなどと、その事実を認めない立場の人すらいる様です。
拉致監禁を行う牧師としては、天命として人を救うという動機で、監禁を行うというのですから、全くと言っていい程に罪意識がないようです。
それは親にとっても同様で、日本の伝統的な考え方が、「親の言うことは当然聞かなくてはいけない」という考え方が強く、信教の自由以前に親の権限が相当な力を持っていることも、親が監禁に対しても罪意識を持てないことの理由だと分かりました。
この事実を理解してもらうにはどうしたらいいのか、それは北朝鮮の拉致問題が、少し前の日本においては誰も信じない立場から出発したし、それは容易でないことが分かります。
2010年、今年は2月14日の拉致監禁ラリーが荻窪の地において始まり、SBSのニュース追跡での特集、12月3日の全国一斉デモと国会請願など大きく動いたことは間違いありません。
このブログでも分かりやすい形で紹介していく努力をしたいと思います。
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