日本のジャスミン革命──原発からの脱却 | イージー・ゴーイング 山川健一

日本のジャスミン革命──原発からの脱却

 東京電力が福島原発収束へ向けた工程表を発表したが、この通りに進行できるとはおよそ考えられない。現場の作業員の方々の声などもインターネットのあちこちで読むことができるが、彼らも「そういうわけにはいかないだろう」と思っているようだ。
 汚染水の除去の技術を持つフランスの核燃料会社アレバのCEOが技術者5人とともに来日したが、今回の汚染水はアレバも処理したことがないほど高レベルだそうだ。果たして、そんなにうまく作業が進むのだろうか?
 そうでなくても余震はつづき、秋になれば台風が来るのだ。

 こういうことを書くと今は「風評被害だ」と批判されるのかもしれない。だが、これは風評被害などではなく、枝野被害であり東電被害だと言うべきである。

 東北の人々は今、塗炭の苦しみの中にいる。
 それ以外の地方の人々にもさまざまな影響が及び、原発事故のせいで苦しみはさらに拡大するかもしれないという──重苦しい空気がこの列島を覆っている。

 だが、もしも神というものが存在するのだとしたら、その神ってやつはぼくらに希望を託しているようにも思える。人類が原子力発電というものと少しずつ時間をかけて手を切る最後のチャンス、という希望である。

 日本における「原子力の平和利用」は、詳しい経緯は省くが、第5福竜丸事件の直後にアメリカによってリードされたものだ。戦後の貧しく資源もない日本にとって原子力は希望の灯火だった。
 読売新聞、開局したばかりの日本テレビが中心になり、「原子力の平和利用」の一大キャンペーンが行われ、アメリカからウランが運ばれ、やがて東海村に「原子の火」が灯ったのだった。こうして、安い電力で日本の企業は奇跡とも言われる経済成長を遂げた。
 原発の利権に群がる卑しい政治家や企業人や学者はあまたいたのだろう。だが、甘いと言われるかもしれないが、そこには「巨悪」と呼ばなければならないような人物は存在しようがなかったのではないかとぼくは思うのだ。
 今の政府は憲政史上最低の内閣であり、菅直人は最悪の首相であり、東電や保安院は欺瞞に満ちた組織であり、そこへ天下りするようなのは唾棄すべき人物だ。
 長らく原子力政策を推進してきた自民党だって大きなことは言えないはずだ。
 東大を卒業して原子力村の一員になり、したり顔で嘘をつく御用学者の倫理感というものをぼくらは疑う。
 原発推進に力を貸してきたジャーナリストや著名人はみっともない。 
 長きにわたって提灯記事を書いてきた新聞各紙、当初はスポンサーである東電の批判を一切しなかったテレビ局も、多くの国民に愛想を尽かされた。
 だがそれでも、彼らは「巨悪」というほどではない。
 原発は官民、さらにメディアを含む日本のシステムに組み込まれ、システムは急速に肥大化し、やがて引き返すことが不可能な危険な場所へまで突っ走ってしまったのだろう。
 そこには、悲しみに満ちた日本の戦後の歴史が見えるだけだ。
 背が小さいのに、無理して背伸びして甘い果実をもぎ取ろうとした悲しい日本人の姿が見えはしないだろうか。
 しかし、ぼくが言うまでもなく、これ以上原発を推進するのはもはや不可能である。
 その理由を箇条書きにする。

1 コストの面でもう無理だ。
 今回の福島第一原発の事故の賠償金を払うことができずに、東電は倒産するだろう。国有化されるのか、発電と送電とに分割されるのか。
 いろいろアイディアはあるのだろうが、今の東電が終わるのはほぼ間違いがない。原発による電力は安い、などとは口が裂けてももう誰にも言えないだろう。

2 世界が日本の原発を許さない。
 4月12日に、福島原発事故に関する国際評価尺度(INES)がレベル5から7に 引き 上げられた。そうしておきながら、政府も東電も保安院も「チェルノブイリとはまったく違うので危険はない。安心してほしい」と言いつづけている。チグハグである。なんだかおかしい、変だぞと感じるのはぼくだけではないだろう。そこで、考えてみた。
 アメリカの原子力規制委員会はずっと「原発事故に対する日本政府の認識は甘すぎ る」と言いつづけていた。レベル7の発表は、アメリカが日本政府に圧力をかけた結果なのではないだろうか。アメリカは、西海岸を危険にさらすような日本の原発はもうゴメンだと判断したのだろう。
 菅直人首相は18日の東日本大震災に関する参院予算委員会の集中審議で、福島第1原発事故を受けた今後の原子力政策について「一度白紙から検証して再検討する必要がある。安全性を確認することを抜きに、これまでの計画をそのまま進めていくことにはならない」と、計画見直しを検討する考えを表明した。
 これもアメリカから圧力を受けての発言だと考えると理解しやすい。
 かくして日本は原発を増設することも、海外に原発をプラント輸出することも難しくなっ た。アメリカに促されてスタートした日本の原発はアメリカの外圧によって終わっていくのだ。

3 防衛の面でも無理だ。
 原発は「ジャンボジェットが衝突しても爆発しない。それぐらい頑丈だ」と宣伝されてきた。だが福島の原発が爆発し、建屋の薄い屋根があっけなく吹き飛び、今では使用済み核燃料棒が露呈している。そこに、ジェット機どころかボーリングのボールを一個落としただけでたいへんなことになる。
 いくら原子炉が頑丈だとしても、原発の建物ってあんなにヤワなの、とぼくは唖然としてしまったのだった。柱が立てられないからというのがその理由だが、あまりにもお粗末である。
 せめて使用済み燃料棒だけでも、下のほうに隠しておくべきだったのではないだろうか? 悲しいほど間抜けな話である。ちなみに、911以降、アメリカの原発の使用済み核燃料棒の保管位置は変更されているのだそうだ。
 あるいは深夜テロリストがゴムボートに乗って上陸し、冷却用の施設を破壊するだけでたいへんなことになる。
 そういうことが、全世界にバレてしまったのだ。
 防衛の面から考えても、早急に何とかしないと日本は危ない。

4 地元の理解が得られない。
 原発は過疎地に建造されてきた。地元に多額の金を落とすことで、なんとか建造させてもらってきたというのが実情だ。
 今までは良かったろうが、今回の事故における政府や県や東電の対応に唖然として、全国の多くの市長、町長が原発に反対するようになった。
 三上元湖西市長は9日、浜松市西区で開かれた漁業団体の行事で、「原子力発電に対し反対運動を行う」と述べ、中部電力浜岡原発(御前崎市)など全国各地 の原発の運転停止を求める活動を行う意向を示した。全国の市長に呼び掛け、“反原発”の新団体の創設を目指すが、具体的な計画は未定という。
 三上市長は東日本大震災で被災した福島第1原発に関連し「同様の地震があれば浜岡原発も深刻な事態が起きる。地震がいつ発生しても不思議ではなく、運転を止 めるべき」と主張。米原子力規制委員会(NRC)が福島第1原発の半径80キロ以内に住む米国民に退避を勧告したことに触れ、「湖西市も浜岡原発の80キ ロ圏内。水素爆発すれば放射能が飛んできて、健康被害が出る」と危機感をあらわにした。
 原発の運転を停止しても夏場の節電などにより「電力不足は生じない」との持論も示した。
 今後は、新たな原発を設置するのは事実上不可能だろう。

 さて。
 こういう状況の折、連中──つまり本当の「巨悪」というものの影がちらつき始めた。こういう存在を、ロックの世界ではパワーマンという。このパワーマン、本当の「巨悪」の最後の嘘をぼくらは見抜かなければならない。
 パワーマン最後の嘘とは──。
「電力の3割を発電している原発を止めると電力が足りなくなり、日本の経済は大きなダメージを受けることになります。計画停電をしなければ、いきなり真っ暗になりますよ」
 これは、真っ赤な嘘である。
 嘘だということが、インターネットがあるおかげでぼくらにもよくわかってしまう。
 
 東電、発電実績データを密かにHPから削除(Yahoo!ニュース)
 http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20110417-00000301-alterna-soci

 ラッシュ時の私鉄を止めたり間引き運転させたり、夏に計画停電をしたり、そんな必要はなかったのだ。原発が止まるとこんなふうに困るんだよ、という恫喝、パフォーマンスに過ぎなかったのである。
 環境エネルギー政策研究所(ISEP)は3月23日に、「大口需要家との需給調整契約の戦略的活用を行えば、計画停電は不要」との報告書を発表していたのである。
 東電はHPの記述を削除し、4月8日になって突然、「お客さま各位の節電へのご関心、ご協力が広範囲にわたって浸透してきた結果、需給バランスは著しく改善を見せております」として、計画停電の中止を発表した。
 細川護煕氏が、今回のことは「天災ではなく、人災でもなく、犯罪だ」と述べたのだそうだが、まったく同感である。東電が実施した輪番停電のせいで死んだ人もいるのだ。 

 たちあがれ日本を離党し民主党政権に入った与謝野馨大臣は、原発利権に群がってきた政治家の1人だが「原発がなくなれば、莫大に電気料金を上げることになる。江戸時代の暮らしに戻る事になる」と国民を恫喝しつづけている。
 福島第1原発の事故で多くの人々が苦しんでいる今になってまで、こういう嘘をつく人物こそが、冷酷な本物のパワーマン、「巨悪」である。
 テレビに出てそういうことを言う、元東電の幹部や甘い蜜を吸ってきた原子力村にいた人物が後を絶たない。彼らがいくら上等なスーツを着ていようが紳士然とした柔和な顔をしていようが、騙されてはいけない。こうした人々こそは、亡国の輩なのだとぼくは思う。

 電力は余ってる 要らねえ
 もう要らねえ
 電力は余ってる 要らねえ
 欲しくない
 原子力は要らねえ 危ねえ
 欲しくない
          忌野清志郎「サマータイム・ブルース」

 原子力発電で余った電気でさらに儲けようと、オール電化なんて代物が売られていた。3月23日に、東京電力はオール電化の新規営業を中止した。
 ぼくらが力を合わせて節電すれば、原発なしでもやっていける日が来るにちがいない。それこそが、美しい日本の希望なのではないだろうか。
 パワーマン達の最後の嘘を見抜かなければならない。
 この際外圧でも何でもいいから、危ない炉から──とりあえあずもんじゅと浜岡原発から順番に廃炉にしてほしい。
 原発一機を廃炉にするには、40年から60年かかるという話だが……やり遂げないとこの国が終わってしまう。


イージー・ゴーイング 山川健一-ジャスミン


 最後に。
 2010年から2011年にかけてチュニジアで起こった革命 (民主化運動)を、ジャスミン革命と呼ぶのは、ご存知の通りだ。 一人の青年の焼身自殺事件に端を発する反政府デモが全国に広がり、軍部の離反により大統領がサウジアラビアに亡命。23年間続いた政権が崩壊した。ジャス ミンは、チュニジアを代表する花だ。
 このジャスミン革命はチュニジアにとどまらず、エジプトなど他のアラブ諸国へも広がった。それを可能にしたのは、インターネットだった。
 日本でもインターネットの力によって、ジャスミン革命を遂行しなければならないのだとぼくは思い、ブログにしては長いこの文章を書いた。ぼくはインターネットの力を信じている。
 日本におけるジャスミン革命──それは、原発からの時間をかけた脱却に他ならない。