ハガキという“種”をまく。 | Petit Petit Happy Search(ぷちプチしあわせさがし)

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今日(5日)の夜、食事を共にした友人に統一教会(統一協会)のハガキを渡すことができました。
2~3か月前に何年かぶりに会って以来、どうにかこうにか伝道の足がかりにしたい!と頭の片隅で意識していました。

食事をしている中で、なぜか“純潔”という言葉が出てくるような話になって、私の「婚前は純潔を守り、結婚後は貞節を守って…」という話に「うん、うん…」と頷いているような感じがしたので、「なんだかイケるかも!」と思いました。
当初はハガキを渡す(神様・真のご父母様を証しする)つもりは全くなくて、次につながればいいかな…程度に考えていたのですが…導かれたと思います。

ハガキを渡す直前で「うそ!マジで!?」と思うようなこともありました。
その友人は、1年間世界を旅してきて、それを通して、世界には色々な宗教や神様がいて、それぞれが信じるものを信じていればよいのではないかと感じたそうです。
「だから、基本的に無神論者」

心にグサッとくるものがありました。
これからハガキを渡そうって時に、なんてことを聞いてしまったのかと思いました。
でも、友人に会う前にお祈りしたんです。
「難しいからこそやるんだ!」と…
世界の現状を見てきたからこそ感じること、神様も何もあったもんじゃない…そのように感じる世界だからこそ、神様の本当の願い、本来あるべき世界はこういうことだと正さなくてはならないと思いました。それが、(かけらほどでも)真理を知った私が行かなければならない道だと思ったからです。

友人の無神論者発言にもめげずにこう話しました。
神様は絶対、唯一で、宗教ごとに語られている内容のうち3割は、数珠を持ったり、十字架を首から下げるといった習慣的なこと。残りの7割は同じ神様を証しするものであると。
それから、その時や人によって受ける啓示の違いから、様々な宗教、宗派が誕生することになったとも話しました。

それを聞いた友人からは、「そう言われてみるとそうかも!」という言葉が飛び出しました。
「ダメかと思ったけど、やっぱりイケるかも!」
そして、それまで話した内容をまとめると…という思いを込めて、ハガキを渡していきました。

これからどうなるかわかりません。ハガキを渡すことはできたものの、“文鮮明先生”、“統一教会”という言葉を口にすることはできませんでした。ですが、大事なことは種をまく(神様とご父母様と心情の因縁を結ぶきっかけを作る)ことです。
「君は愛されるため、そして、その愛伝えるため
 主から選ばれて、この世に植えられた…もうひとつの実を望まれ」
今すぐでなくていい、いつかこの種が芽吹く日を祈りつつ、あなた(神様)を愛して歩みます。

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