欧州債務問題~ユーロ圏の経済史は繰り返される? | マーケットの今を掴め!FX・CFD東岳ライブ情報

欧州債務問題~ユーロ圏の経済史は繰り返される?

4連続コラム、最終日の本日は、様々な要因を込めて作成したため想定した分量を大幅に上回ってしまいましたが、最後までお付き合いいただければ幸いです。最終日の本日は欧州債務問題に対するユーロ圏の解決策について考えてみたいと思います。


アイルランドの救済が発表された日を境にしてベルギー、イタリアなどのソブリン債も売られ始めたことについてですけど、このようにファンダメンタル的にはベルギーやイタリアはそれほど急激に悪くはなっていないのです。つまり投機筋が先走りすぎた可能性もあるわけです。 ところが最近不吉なことが起き始めています。それはドイツ国債(ブンズ)の入札で売れ残りが出始めたことです。歴史的にはリビア情勢や以前どうなるかわからないイエメン情勢などの国際情勢はブンズを後押しする傾向にありました。


言うまでもなく、ドイツはEUでいちばん大きい国で、経済のファンダメンタルはしっかりしていますので、これまでは周辺国でなにか問題があると投資家はドイツ国債に避難しました。つまりドイツだけは安全だと考えてきたわけです。ところが最近ではそういう逆相関の関係が崩れてきつつあります。それは投資家が「ひょっとすると、この問題はドイツの手にも負えないかもしれない」と感じ始めている可能性が出てきているからです。それではなぜ投資家はアイルランドをはじめ、混乱している、これらの国の救済に納得しなかったのでしょうか?これには2つの理由が考えられます。ひとつは政治で、もうひとつは純粋に資本市場の問題です。


まず政治から見ます。スペインやアイルランドの政治情勢は日本流に言うと「ねじれ国会」の様相を呈しています。つまり世辞がリーダーシップを発揮して大きな決断を行いたくても、どっちつかずの議会が、提案をことごとく葬り去るためです。


一方、この問題をお金を貸す側であるドイツなどから見れば政治的な意思統一が出来ていなくて、ちゃんと赤字削減が出来ないに違いない外国の政府になぜお金を貸すのかということになるわけです。そこで問題になるのは一体、お金を貸す国はどこまで相手の国の政治に干渉できるのか?という問題です。欧州連合ではそれぞれの国家の予算策定権はしっかりとそれぞれの国に帰属しています。別の言い方をすれば欧州連合には財務省に相当する機関は無いのです。そうなると国家予算の策定や承認はそれぞれの国の国内ルールに従って決められる必要があるのです。また欧州連合には所謂、欧州憲法は存在しません。欧州憲法は2001年に元フランスの大統領だったジスカール・デスタンが欧州憲法制定協議会の会長となって策定しようとしたのですが、フランスとオランダのレファレンダムで国民から却下されてしまったのです。そのため憲法に代わるものとしてリスボン条約という条約を結んで、これを欧州憲法の代用品としたのです。


このリスボン条約は慎重に国民投票の必要性を引き起こさないようにEU加盟諸国の法律を迂回するようにデザインされたものですが、どうしてもアイルランドの憲法にだけは抵触してしまい、アイルランドではリスボン条約を国民投票にかけました。すると案の定、アイルランドの国民はこのリスボン条約を否決しました。欧州連合(EU)のアイロニーはそれぞれのメンバー国はちゃんとした民主主義なのにブリュッセルにあるEU本部は通貨統合の国民投票の際も欧州憲法の国民投票の際も悉く国民はNOと言ったにもかかわらずなし崩し的に支配を継続している点にあります。つまり行政のプロを自認するテクノクラートすなわち官僚による支配という構図になっているのです。これは民主主義がおびやかされている構図になっているわけです。


二つ目の理由は資本市場のメカニズムに関する問題です。今年5月にギリシャを救済するために欧州連合や国際通貨基金が1兆ドルにのぼる救済プログラムを発表したとき、その根幹をなしたのがEFSFと呼ばれるファンドでした。


これはA国がB国へ単独で融資するというのではお互いの国の国民が納得しない場合があるしリスボン条約に抵触する可能性があるので各国で資金を持ち寄り、それを特別目的会社としてプールすることで援助が必要な国に共同して支援しようというアレンジなのです。発想は良かったのですが、このファンドには2つの大きな問題があります。ひとつは期間限定のファンドなので2013年を過ぎたらこのファンドでは支援できないということ、もうひとつはメンバーの中のひとつの国がおかしくなって支援を必要とすると、その救済を受ける国は当然、ファンドのメンバーから抜けなければいけないということです。つまり救済すべき国が増えればふえるほど、みるみるファンドの残高がへってしまう構造になっているわけです。


そこでドイツのメルケル首相が中心となってEFSFの欠点を補完するESMという新しい救済メカニズムが発表されました。EFSFが2013年までという時限措置なのに対し、ESMは恒久的な存在です。またお金の出してが借金を返してもらう優先順位としてはIMFの次、つまり第2番目に優先されるということが決められました。さらにデフォルト時の権利関係の整理を簡単にするために米国型の集団交渉を盛り込みました。そして2013年以降に新しく出された国債がデフォルトした場合は債券を買った投資家もデフォルト時に痛み分けするという、所謂、ヘアカットを自動的に盛り込むことが決められました。実はこの最後のヘアカット条項で投資家は「2013年以降はEUは債券投資家を守ってくれないのだな」ということを悟り、将来のリスク増大を先取りするカタチでソブリン債全般を敬遠しはじめました。このためスペイン、ベルギー、イタリアなどの国債の価格は急落しはじめました。そこでフィナンシャル・タイムズはこのESMの導入を「メルケル・クラッシュ」と呼んでいます。今回の危機は或る意味で1992年のERM危機に似ています。これは統一通貨ユーロを導入する前哨戦として欧州各国がだんだん為替レートをお互いにペグし合い、次第にレートを固めて行こうとしたものです。1991年に世界が不景気になり米国が利下げを繰り返しドルが売られました。


ドル安でユーロ圏の弱い国々は輸出不振に陥りました。そこでフィンランドが先ずマルカを12%切り下げました。6月にオランダで国民投票があり、EC統合に関する欧州連合条約、つまりマーストリヒト条約は賛成49.3%、反対50.7%の僅差で否決されてしまいます。そのためイタリア・リラが急落しました。フランスでは9月20日に国民投票が予定されていましたが、若しフランスの国民がこれを否決すればEU統合は失敗するとの不安が高まり、投票を待たずにイギリスのポンドはERMの下限をやぶります。そこでEUは緊急会議を開き、ドイツに利下げしてくれるよう依頼しますがドイツがこれを拒否、フィンランドのマルカは15%暴落、英国はベース・レンディング・レートを10%から12%に引き上げます。しかしそれでもポンドに対する攻撃が止まなかったので英国はERM脱退を申し出ます。


なぜこんにちポンドだけがユーロではないのかその理由はここにあるのです。当時は個々の国の通貨が別々に取引されていましたからヘッジファンドは個別通貨への売り崩しを試みました。今回はEFSFという仕組みがちょうど当時のERMと相通じるものがあると市場関係者は語っています。今回の場合、ユーロという共通通貨が使われているのでヘッジファンドは個別国の債券への売りを仕掛けています。だからそれらの周辺国の債券利回りとドイツの債券利回りの格差、つまりソブリン・スプレッドが問題にされるわけです。


アイルランド危機がベルギーやイタリア、フランスに飛び火しそうになって時点で市場ではSMPの拡大が発表されるのではないか?と噂されはじめました。SMPとはセキュリティーズ・マーケット・プログラムの略で中央銀行、この場合欧州中央銀行(ECB)が周辺国のソブリン債を直接購入することを指します。見方によっては欧州版QEということも出来ます。


但しSMPは殺菌(ステリライズ=不胎化)されており、インフレをわざと起こすという目的でなされるものではありません。5月のギリシャ危機の際はSMPは670億ユーロの周辺国ソブリン債を購入しました。このうちギリシャ国債は約400億ユーロだと言われています。結局、先週のECB政策金利会合ではSMPの大規模拡大は発表されず、当初来年早々に終了されるはずだったSMPを当分の間継続するということでお茶が濁されました。


さて今後のシナリオについてはいろいろなものが考えられます。まず今後もユーロの問題が長引き、ドル高になった局面ではリスク・トレードの巻き戻しが再び起こる可能性があります。リスク・トレードというのはドル安を見越して、ドルが安くなったときに逆相関で上昇しやすい原油、金、銅、新興国株式などを買うやり方です。


もうひとつのシナリオですが仮にドル安にならなくても、つまりユーロが売られた場合でも原油が高くなるというシナリオも少しその兆候が見え始めています。つまりドルと原油の逆相関の構図が崩れる可能性もあるということです。この原因にはいくつかの理由が考えられますが、ひとつには米国の実体経済が最近強くなっているのでそれに合わて
原油の需要も増え、それが原油高を演出しているという考え方です。もうひとつはユーロを調達原資として欧州のファンドが原油にお金を避難させるというシナリオです。言い換えればユーロ版リスク・トレードということです。これはあまりマーケットからは支持を得ていないシナリオですけど、若しこれが起こると気をつける必要があります。なぜなら景気が悪いのにインフレになるという、所謂、スタグフレーションのシナリオになるからです。 この状況に限りなく近く、現在苦闘しているのがBOE(英中銀)であり、極めて難しい局面に立たされている英国経済と言えるでしょう。



Ken