本業 | 山中伊知郎の書評ブログ

本業

本業 (文春文庫)/水道橋博士
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 脱帽。

 こういう本を読むと、自分の書いてる書評が低レベルに感じられて、情けなくなってくる。


 浅草キッドの水道橋博士によるタレント本に関する書評集なのだが、これが、単なる書評にとどまらず、取り上げる一人ひとりに関するタレント論にまで昇華していて、非常に完成度が高い。


 自ら「芸能界に潜入取材するルポライター」と名乗るだけあって、直接、ターゲットとなるタレントと交流がある点が、まず強い。


 ビートたけしは、雑誌の映画評を書くために、DVDで映画を7倍速にして見ていた、とか、博士が飯島愛に「今度、本を出すから、書くの手伝ってくれない」と直接頼まれていた、とか、当人と身近に接していないと得られないナマナマしい情報が随所に入っている。


 もうそこだけで、ただ本を読んで、「面白い」「つまらない」と語る評論家系書評本とはひと味違っている。


 「熱」も、ある。山城新伍が若山富三郎と勝新の兄弟のことを書いた『おこりんぼ さびしんぼ』について、口をきわめてほめたたえ、なぜ、この本の存在が世に知られていないのかを嘆きまくる。この本を紹介したくて書評コラムを始めた、とまで力説する。


 気合い入ってる。


 好奇心も縦横無尽。あっちゃこっちゃに旺盛に飛んでいく。

 お金持ち社長の関口房朗にいくかと思えば、怪人と呼ばれた百瀬博教に行き、山崎拓の元愛人・山田かな子に行った後には、近田春夫やみうらじゅんに行き、あの、男に何億ものカネを貢がせたアニータ・アルバラードにまで行く。


 そのアニータを、家族のためにせっせと送金していた『壬生義士伝』の主人公・新撰組隊士・吉村寛一郎に見立てるあたりも、さすがの発想力。


 政治から格闘技、サブカル一般、お笑いをはじめとして、どれも守備範囲が広くて、深い。


 文章もうまい。


「 「日本の金正男」こと長嶋一茂」などと、ギャグながら、実に的確に本人のキャラクターを表す一言でキメる一方で、評論家っぽい、理論で押してくる一文も鋭い。

 大竹まことの所属するシティーボーイズのコントについて書いた一節など、まさしくそれだ。


「言葉の解体、言葉からの飛翔をテーマとした数々のコントは「シュール」の一言で括られ、決して世間に具体的に言葉の褒賞を求めることがない。それは、マルセ太郎師匠が「猿真似の人」としかいわれなかった如くである」


 一言で、パシッと本質に迫っている。キメる時はパスなんか回さず、いきなりシュートを放つ。


 私は、「お笑い」でメシを食うには、三種類の仕事があると考えている。

 まず、最も才能のある人間が「芸人」になり、自ら演じる能力はないが、アイデアを考える力がある人間は「作家」になる。演じる方も、考える方も能力がない人間が「評論家」になって、出来上がったお笑いについてあーだこーだと批評する、と。


 私個人についていえば、演じる力も発想力もなかったので、「評論家」の末端として、お笑いについて文章でも書くしか生きる道はなかった。

 ところが、水道橋博士は「芸人」としての能力もあるくせに、わざわざ忙しい時間を割いて「評論家」の職域まで踏み込んでくる。しかも、やってみたら、当然のごとく、圧倒的にウマい。


 

 もはや絶望的だね。自暴自棄になりそうだ。