$ゲンキポリタン|愛と勇気の生活ブログ-福井市特別史跡  一乗谷朝倉氏遺跡

和紙で作った着物(特別史跡 福井市 一乗谷朝倉氏遺跡)


 「過剰な感情を抑制すること」は感情を抑えつけることではなく、感情の洪水に巻き込まれることがないように、バランスをとることです。
感情そのものに優劣はなく、どのような感情にも価値があります。ですから感情を抑圧したら、人生は豊かさを失い不毛な世界になってしまいます。

感情を押し殺してしまうと、人間の感性は鈍麻し、やはり現実から遠ざかってしまいます。反対に感情の強さや持続時間をコントロールしきれなくなると、一種の病的な状態になってしまい、不安に耐えきれずにストレスに振り回される、怒りに荒れ狂う、抑うつ状態、操状態で日常生活に支障をきたすことも生じます。

感情的な行動と感情を持つことは全く別のことであって、感情的な行動を価値観による行動と見なすことは、すでに感情の洪水に巻き込まれていることを意味し現実から遠ざかります。

 適切な感情とのつきあいは、それぞれの場にふさわしい「適切な」感情を持つことです。

不快な感情をコントロールする能力は、精神の幸福を得て人生の豊かさを実現するカギです。不快な感情が極端に強くなり、長時間持続する状態は、精神を不安定にして人生に陰を落とします。

人間の感情は一時も止まることなく、川のように流れ続けています。思考することと全く違う点です。

ですから、どのような感情であっても特定の感情だけを持ち続けていることは不自然です。たとえば、いつも意図的にニコニコしているばかりというのは、いつも不機嫌でいることと本質的には変わりません。

 もし、あなたが感情のバランスをとることを、好ましい状態を維持することだと考えているとしたら、それは思い違いです。繰り返しますが、感情は川の流れのように流れ続けています。ですから感情に囚われることは、川の流れをせき止めて氾濫を起こすような不自然な行為なのです。

感情は流れているものですから、感情を認識したら流せばいいのです。流してしまえば、そこに残るのは「感情に左右されずに、いまこの瞬間、いますること」だけなのです。目の前に洗うべき皿があれば無心になって洗うだけのことです。だから気持ちは軽く、必要な行動ができるのです。

 豊かな暮らしとは、いつも楽しいことだけに彩られた生活ではありません。不快な感情がないこと、避けることではなく、完全でなくても、自分の感情を認識して自在にコントロールができることです。

つまり、雨の日をなくすことではなく、大いなる自然を受け入れて、雨の日でも、その不自由さを受け入れて、楽しく過ごせるようにコントロールできる力なのです。

 人生にはいろんなことがあります。快晴、大雨があるように、楽しいことも、つらいこともありますが、苦しいことも心を鍛えて豊かな精神性を育む源泉のひとつです。

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