西日本新聞佐賀総局長 「あえて「原発賛成」と言う」に怒り | 脱原発の日のブログ

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12月8日は1995年、もんじゅが事故を起こして止まった日。この時、核燃料サイクルと全ての原発を白紙から見直すべきだった。そんな想いでつながる市民の情報共有ブログです。内部被ばくを最低限に抑え原発のない未来をつくろう。(脱原発の日実行委員会 Since 2010年10月)

佐賀の友人から怒りにふるえた電話をもらいました。
記事をFAXで受け取りました。

読んでみてください。
思っている以上に、佐賀ではこういう論調がまかり通りつつあるのかもしれません。
のんびりしていてはいけない、と思って、
すぐに読者室に抗議の電話をしました。

西日本新聞読者室 092-711-5331(10~18時)



●6/26付西日本新聞佐賀県版・佐賀総局長日曜コラムむつごろう

「あえて「原発賛成」と言う」

東京電力福島第1原発の事故以来、反原発・脱原発の潮流が世界を席巻する。
東電管内を中心に節電の動きも加速し、ある週刊誌は「節電ファッショ」と表現した。
照明が消えて夜が暗いと言われるその東京に、私は間もなく転勤する。
最後の「日曜版むつごろう」をつづるにあたり、原子力発電への賛成を唱える。
日和見主義者…、かれこれの罵詈(ばり)を受けることは覚悟の上である。

原子力発電所が事故を起こしたときの怖さ、市民生活への影響の甚大さは、すでに語る必要はあるまい。
反原発の高まりは当然である。
そこには直情的なものもあれば、経済学者・内橋克人氏のように粘り強い取材と論考を積み上げての批判もある。
直情的批判が何か次元の低いものだと考えているのではない。
人間の思考回路にはさまざまある。原子力発電が危険なものだという共通認識に立った上で、私はあえて「賛成だ」と考える。

原子力発電を廃して再生可能エネルギーに置き換えようという主張が広がる。
分かりやすい。だが、後ろ向きにすぎないか。
人類の歴史は、未知の分野に挑戦し続けてきた歴史。
それこそが私たちの本性であろう。

現生人類以前、地球にはネアンデルタール人が住んでいた。
後発の現生人類は、彼らとの生存競争に打ち勝って今日に命をつないだ。
両者の差は何だったか。
その最大は現生人類が火を恐れずに扱い方を覚えたことにある。
火の効用から食生活の枠を広げ、生存域を拡大し、ネアンデルタール人を凌駕(りょうが)した、と。

さまざまな人工放射能を発生させる原子力発電はまだまだ未知の分野である。
だからといって放棄すべきではあるまい。
ネアンデルタール人との生存競争に勝つ原動力となった「火」。
 私たちは気の遠くなるのような時間をかけて、火=つまり化石燃料=を自家薬籠(やくろう)中のものとした。
その結果、地球温暖化という巨大なしっぺ返しに見舞われている。
これを放置できるだろうか。
原子力発電をもっと真摯に研究・検証し、再生可能エネルギーの開発に力を注ぎ、脱化石燃料によって温暖化に立ち向かうべきだ。

私は東京電力をはじめとする「九電力体制」の回し者ではない。
社会に醸成されたいわゆる「安全神話」に反して事故は起きたのだ。
そこには必ず慢心があったはずだ。
そもそも人類が獲得した技術というものは、高が知れている。
私たちの力量では、ブンブン飛び回るハエ1匹、いまだに作れていないのだ。
自然は偉大である。
古人は神として崇めた。

原発事故以来、東電批判がごうごうと渦巻く。
週刊誌などを見ると、毎号口をきわめてののしっている。
東電への批判は私にもある。
だが、東電の存在そのものが悪だったとでもいうような批判はいかがなものか。
戦後の焼け野が原から、今日の復興、経済大国への道は、電力の安定供給というインフラがあったからこそ達成された。
その意味で東電は、私たち自身、あるいはこの国の在りようを体現した組織。
悪だというなら、私たち自身が悪なのである。

人類は、長い時間をかけて文明を発達させてきた。
この間、いくつもの「パンドラの箱」を開けてきたのだろう。
それでも前に進むしかないと私は思う。
なぜなら、夏の夜はエアコンの効いた部屋で、冷えたビールを飲みながら、テレビで野球を見る—。
それが、私という俗物の幸せなのだから。
(井口幸久)