今夏の電力需給を分析する 3
この記事は、「今夏の電力需給を分析する」シリーズの最終回です。
[今夏の電力需給を分析する 1]
では、
電力需給に関わる社会の動向について整理した上で
今夏に予想される東京電力管内の電力不足について分析し、
当面の節電施策の効果の試算において用いる
電力需給のモデルケース(下図)を作成しました。
次に[今夏の電力需給を分析する 2] では、
このモデルケースを用いて試算を行う上で
試算の理論的根拠とするための各種ファクターの分析をしました。
そして、この記事では、
具体的に各種の節電施策の効果の試算を行っていきます。
試算結果の表示にあたっては、すべてを同じフォーマットとし、
節電施策を施さない場合の電力需要曲線を赤の破線で、
節電施策による低減効果を試算した電力需要曲線を赤の実線で示します。
(各図はクリックすると拡大します。)
なお、気温の影響を受ける節電施策の試算にあたっては、
試算に用いる気温の日変動のデータとして
電力需要の過去最大値を記録した2001年7月24日のデータを用いました。
週休分散
この策は、東京電力内の企業・団体・教育機関を7グループに分け、
各グループが輪番制で週の休日をとるというものです。
このように週休を設定した場合、
{(平日-日曜の電力需要量)+(平日-土曜の電力需要量)}/7が
電力需要のモデル曲線からマイナスされることになります。
図を見ると、就業開始直後、真昼、および夕方に
電力不足が生じる結果となっていますが、
ピーク時に電力不足が生じていないのが特徴です。
技術的には、いかにして電力需要が等しくなるような7グループを構成するか
ということが課題となります。各グループ間でバラツキがある場合、
最も低い電力需要量のグループが休日のときに
電力需要が高まってしまいます。
必ずしも家族や友人がいっしょに休みをとれないなどの問題もあります。
夏休分散
この策は、東京電力内の企業・団体・教育機関を5グループに分け、
各グループが各週輪番制で夏休みを取り、計5週の電力需要を
低減しようとするものです。
このように夏休みを設定した場合、(平日-日曜の電力需要量)/5が
電力需要のモデル曲線からマイナスされることになります。
図を見ると、週休分散の場合とほぼ同様(やや効果が低い)の低減効果
であるのが特徴です。
技術的には、週休分散の場合と同様に
いかにして電力需要が等しくなるような5グループを構成するか
ということが課題となります。
また、必ずしも家族が一緒に夏休みをとれなかったり、
必ずしもお盆のときに休みがとれないなどの問題があります。
なお、夏休みを利用して東京電力管外に旅行する場合には、
電力需要は上図よりも低くなります。
サマータイム
この策は、冷房の使用を低減できる朝の早い時間帯から就業し、
明るいうちに仕事を終えることによって、
照明による電力需要を抑制するというものです。
前記事で分析したように気温と電力需要の関係から
各時間帯の電力需要を計算するとともに、
夕刻が明るいので、日没前2時間について、
照明低減効果(1時間につき400kWh)分をマイナスします。
時計を2時間進めるサマータイムの条件で試算した上図を見ると、
休日分散や夏休み分散の場合とは逆に、
ピーク時に電力不足が生じ、就業開始直後、真昼、および夕方に
電力不足が生じていないのが特徴です。
時計を1時間進めるサマータイムの場合↓でも
同じように、ピーク時に効果が低く、
就業開始直後、真昼、および夕方に効果が高くなります。
サマータイムのメリットとしては、シンプルで
週休分散や夏休分散のようにグループ分けをする必要もないことです。
一方、サマータイムのデメリットとしては、
時間を進めるためのコストがかかるという指摘や
健康に被害を与える場合があるという指摘があります。
なお、気温や照明などの定量的な試算を行わないで、
はなから「サマータイムなど効果がない」と決めつける論調があるのは
とっても残念なところです。
そしてそのような論調の多くは、Wikipediaなどの反対論に
よく書かれている内容のコピペ的なものです。
例えば、平時の何の制約もない状況下での「サマータイム実験」の結果を
真剣に節電を行わなければならない現在の状況に当てはめるのは
あまりにも乱暴だと私は思います。
現在の東京や関東地方のサイトスペシフィックな気温変動を考慮した
具体的な試算が必要と考えられる中で、
いつまでも戦争直後のサマータイムで生じた社会問題を主張したり、
日本とはまったく異なる環境の海外での失敗例をとらえたり、
サマータイムをやってみたい外国カブレのたわごとだなど、
レトリカルな議論があまりにも多すぎます。
特に「ピークを崩さずにそのままずらすだけ」などという見解は
科学的論拠に基づく具体的な試算結果を提示してから発するべきでしょう。
仮に気温要因と電力需要との関係を無視して試算すれば、
それは「ピークを崩さずにそのままずらすだけ」になるからです(笑)
最後に、(サマータイムというのは適当ではないと思いますが、)
時計を逆に1時間および2時間遅らせた場合の試算が下図です。
時計の針を遅らすことによって、
いずれも午前中の需要に大きな悪影響を与えていることがわかります。
やはり早起きは三文の得と言えそうです。
就業時間帯分散
この策は、東京電力内の企業・団体・教育機関を5グループに分け、
各グループが就業時間帯を1時間ずつずらし、
ピークを分散させようとするものです。
具体的には、上記のサマータイムで試算した
4つの曲線(照明低減効果なし)とモデル曲線を重ね合わせて5で割れば
求められます。
図を見ると、午前と午後のピーク部分を低減させていますが、
中央部分が突出してしまうのがわかります。
技術的には、週休分散や夏休分散の場合と同様に
いかにして電力需要が等しくなるような5グループを構成するか
ということが課題となります。
テレビ視聴中止
この策は、テレビを見ないことによって単純に省エネしようとするものです。
図を見ると、昼休みと夕方~夜の低減効果が高いといえます。
特定時間帯の視聴を中止することで、部分的に節電することも可能です。
私が思うに、テレビ局が東京電力消費電力量グラフを
常に画面上に提示させるような環境にしておき、
いざというときには、ただちにTV電源を切るように放送で勧告してから
放送を中断するような取り決めにしておくのがよいのではと思います。
以上が代表的な節電施策の需要低減効果の試算ですが、
それぞれの策を単独で用いても、
需給ギャップが埋まっていないことがわかるかと思います。
そこで、以下では、これらの節電施策を複合的に組み合わせて用いることを
考えたいと思います。
サマータイム&週休分散 or 夏休分散
先に示した試算によれば、
(1) 週休分散と夏休分散の効果はほぼ同じでピーク需要の低減に効果的
(2) サマータイムはピーク以外の部分の需要の低減に効果的
といえます。ということは、サマータイム&週休分散、
またはサマータイム&夏休分散という節電施策を同時に用いれば、
互いの長所を生かすことができると考えられます。
実際、上の図を見てわかるように、この組み合わせによって
非常に効率的に需要ギャップが解消されていることがわかります。
就業時間帯分散&週休分散
就業時間帯分散&週休分散、あるいは就業時間帯分散&夏休分散の
組み合わせの効果はピーク部で大きく、余裕が生まれるているのが
わかります。
揚水発電を調整することにより、この余裕分を真昼および夕方に回せば、
電力ギャップをほぼ埋められる計算になります。
週休分散&夏休分散
週休分散と夏休分散とを組み合わせると、需給ギャップを埋められるのと、
若干の予備力が生まれます。
ただし、週休を分散させながら夏休を分散させるという
複雑なスケジュールを作成するのには、テクニックが必要になるのと、
2つの施策の課題である均等なグループ割りがより困難になります。
貯水の最大限利用による揚水発電の供給力増強
以上、電力の需要を下げる方策を検討してきましたが、
供給力を現在の設備のまま上げる方法もないわけではありません。
以前[記事]
でも紹介しましたが、
揚水発電は下部貯水池の水を夜間電力を使って上部貯水池に汲み上げ、
電力需要がピークとなる昼にその水を落とすことによって水車を回し
発電する方法です。
スイッチを押して水を落とせば即座に発電が可能となるため、
ピーク需要の増減に対してきめ細かく対応ができるという利点がある一方で、
貯水容量(利用水深)に制限があるため、
夜間に汲み上げることができる水量に限りがあり、
1基当たり4時間程度しか発電を持続できません。
ただし、東京電力の葛野川発電所(80万kW)と
神流川発電所(47万kW)の二つの揚水式発電所の場合には、
よく考えてみるとこの限りではないのです。
この二つの発電所では、設置予定の発電機のいくつかが
まだ設置されていないため[→記事] 、利用水量に余裕があり、
上部調整池を満水にしてさえおけば、理論上
葛野川発電所の場合には最高で2倍、
神流川発電所の場合には最高で5倍、
発電時間を延長することができます。
一定量の揚水をするのに時間がかかるため、
毎日行うことができる供給力の上積み方法ではありませんが、
非常時の裏技として計算できると思われます。
また、需要の少ない土曜日が翌日となる金曜日には
確実にこの方法を適用できると思われます。
なお、貯水池の取水設備の位置関係から、
構造上の観点から利用水深を増やすことができる可能性がある場合には、
貯水池周辺斜面の安定性の検討を夏までに早急に行い、
安全性を確認できた場合には貴重な予備力として
確保すべきと思います。
以上、3回にわたって、
「今夏の電力需給を分析する」と題して
今夏に予想される東京電力管内の電力需給のモデルケースを設定し、
電力需要に影響を与える各種ファクターの分析結果を理論的根拠として
具体的に各種の節電施策の効果を試算しました。
試算の結果、各種の節電施策を単独で用いるのではなく、
複合的に組み合わせることによって
(のいずれかの策にを補助的に用いることによって)
現在予想される需給ギャップを解消できる可能性があることを示しました。
ただし、各種節電施策を実現するためには多くのハードルがあり、
しかも、需給ギャップを解消できたとしても、
安定的な需給関係を得るために必要な予備力を確保できていません。
この予備力の大きさを需要の5%程度と考えると、
さらなるの供給力の増強、または需要の低減によって
300万kW程度の需給格差の解消が必要と考えられます。
大変な困難が予測される中、
今後もこの問題を注視していきたいと思います。
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