チェルノブイリ並みの汚染を知ったいわき市の避難者「風評でなく実害」 | 脱原発の日のブログ

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12月8日は1995年、もんじゅが事故を起こして止まった日。この時、核燃料サイクルと全ての原発を白紙から見直すべきだった。そんな想いでつながる市民の情報共有ブログです。内部被ばくを最低限に抑え原発のない未来をつくろう。(脱原発の日実行委員会 Since 2010年10月)

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チェルノブイリ並みの汚染を知ったいわき市の避難者の悲痛な叫びが届きました。泣けてきます。

ブログを読まれた、いわき市の避難者の方からメールが届きました。

先日発表された、日米共同測定の「地表汚染マップ」を見て

もう住めないということを痛感したという事です。

以下、届いたメッセージです。

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避難して2ヶ月弱、

「もしかして帰れるのかも?」「いや。どう考えてももう“住める”所じゃない」

という思いが行ったり来たり…

5月7日のこの発表を見て

「ああ、やっぱりもう住めないんだ」

と改めて思い知らされました

我家はいわき市の最北部、川内村との堺の地図で言ったら

黄緑色のところです

チェルノブイリなら強制移住の地域か…

でも、いわき市は「安全だから帰って良し」と言い、

村の住民3世帯はもう戻って生活しています

水は井戸か沢水、野菜はみんな自分の畑で作っているものを食べているのにね…

“風評被害”ってなんなんでしょうね

これは明らかに“実害”なのに、

いわき市長は子供で人体実験したいんでしょうかね?

その結果が出るころにはきっと引退して

責任も何もとらずにどこかへ消えうせるんだろうなぁ 本当に、

政府ははっきりと

「もう住める土地ではありません。自治体ごと他県へ移住します」

というべきだと思います

どんなに帰りたい“故郷”であっても、

健康に暮らせない土地にしがみつく理由はどこにあるだろう?
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事故が起こり、被害の度合いがわからない当初は

「故郷になんとしても残りたい」

という声がTVで多く報道されていましたが、

最近私のところに届く声や、twitterでのツイートを見ると

「早く避難指示を出してもらって逃げたい!」

という声に変わってきつつあります。

福島県民は

どれほど酷い汚染なのか、わかってきたようです。

みんなで声を上げて、

少しでも多くの人の健康・命を守らなければなりません。

この文章を読んだ方にお願いです。

この生の声を拡散させて下さい。


------ twitterより