何気ないほんのちょっとした出来事が
不思議といつまでも忘れられない事がある。
学生時代に(とはいっても毎日プラプラしていたのだが)
絵描き仲間である友人と彼の部屋で
何をするでもなく
キャメルやイエスやロキシーなんかを
ただ話しながら聴いていた。
腹が減り夜中、コンビニへ買い物に行くついでに真夜中の散歩に出掛けた。
冬の到来で少し寒くなった界隈は
シーンと静まりかえり
誰も歩くものはない。。
真夜中の散歩は大抵友人の偏食が原因であれよこれよと店で物色するのだけど、気に入る物がないと次のコンビニへと渡り歩くのがつねだった。
彼は当時パンしか食べずおかずは
お菓子と言う生活だった。。
その頃の偏食が祟りその後潰瘍を多発させ苦しむ事になるのだけど。
そんな彼の行動に付き合うのは当時
それほど嫌でもなく
散歩しながら缶コーヒーを飲み
色んな話をして求めるパンが見つかるまで何時間も歩いたりしていた。
当然腹が減っている僕は適当に買ったバンなどで彼が納得いくころには
腹も大体ふくれていた。
そんなとある深夜に夜行列車と言うものに乗った事があるか?とこんな話しになった。
お互い夜行列車に乗ったことがなく
宮沢賢治の銀河鉄道の夜の話をしたのが切っ掛けだった。
どうだろう?明日乗って見ようか。
こんな話しにまとまり
翌日の夜に夜行列車に乗って北に行こう!と言うことになった。
朝方通勤ラッシュの人の波に呑まれないよう駅の時刻表を見に行った。
上野発の夜20時位の青森行きだったと思う。。それに乗ることに決めて
お互い部屋に帰って寝ることにして
夜に落ち合うことにした。
然程の準備もせず上野発の夜行列車と言うものに乗り込んだ。。
その列車は車両がチョコレート色の
重厚なもので、先頭車両が色褪せたブルーのものだった。
客車は自由席で乗る人も少なく
僕らと数人のサラリーマンが乗っていただけ。。
真ん中は気がひけて、でも端っこは
乗り降りや車両をいきかう人で
鬱陶しい感じもしたので真ん中と端っこの真ん中に陣取った。。
内装はいかにもレトロでくたびれていて僕らのイメージにピッタリだった
ウォークマンと小さなラジカセを持って僕らはお互いお勧めの曲をヘッドフォンで聴きながらいつものようにとりとめのない話をしていた。。
彼は案の定バック一杯にお菓子やパンを買い込み、僕は食べれないのに
蜜柑やら駅弁やらビールやらとにかく
沢山食べ物を買い込んでいた。
暫くして列車は北へ向かい駅舎を滑るように静かに動き出した。。
友人としょっちゅう遊んでいたものの
二人で旅に出るのは初めてで
最初の数時間は旅の気分を満喫していてかなりはしゃいでいた記憶がある。
いつの間にか車窓の景色は光を無くし
漆黒の闇の中へと走っていた。
田舎の風景は最初新鮮で旅を盛り上げるものの、どこも同じ様な風景が続き
しかも街灯ないような山間を走るわけで真っ暗で代わり映えのしない車窓は
二人の眠そうにしている顔を映すだけになっていた。
とある駅に停車したときに
僕らの乗る車両に三人の家族が乗ってきた。。
父親らしき男はくたびれたグレーのスーツをきて大きなリュックを背負い両手にはどうやって持っているのか分からないくらいの風呂敷やら紙袋やらを持っていた。
少し猫背の父親の後ろを母親だろう
こちらもまた大きな荷物とどこに売っているのかと思うほどの地味なハンドバックを持っていた。化粧っ気は全くなく30前半の面持ちで少し白髪混じりの髪を輪ゴムで後ろに纏めていた。
その母親のスカートの裾を持ちながらキョロキョロと大きな目を忙しなく動かしながら5~6歳位の少年が不安そうに車両に乗ってきた。。
先頭の父親が僕らの前に座ると
ついてきた二人もそのボックス席へと
座った。
母親に促され窓際に少年。
その前に父親。
そして少年の横に母親が座った。
父親が大きな沢山の荷物を網棚に
一通り上げ終わるとそこだけ網棚が
満席だった。。
暫く僕らも気を使い音楽のボリュームを下げ会話のトーンも低くしていたが
そこは旅気分の二人はそのうち笑いながら話しに花を又咲かせた。。
僕の座る座席から友の顔越しにチラチラと野球帽のつばがみえかくれする。
僕らはこのあと青森まで着いたら
そのあとどうするか?このあとの予定など話を始ると
みえかくれしていたジャイアンツの帽子がハッキリ見えて時々少年と目が合うようになった。
トイレに立った時となりの家族に目をやると、父親は居眠りをしていて母親も眠そうにしていた。
少年は落ち着かない様子で僕を見ていた。
15分位過ぎた頃に少年は僕らを頭だけ出して見ている。。
僕は彼に話しかけてみる。
恥ずかしそうに首を振ったり頷いてみせた。。
母親が静かにしなさいと諭しているが
暫くすると又頭だけ出してこちらの様子を伺っていた。。
こっちへおいでと手招きをしてみると
恥ずかしそうに頭を引っ込める。
そのやりとりが暫く続くと今度は
母親が少年の頭を手で押さえ込んで
顔を出しすまなそうに頭を下げた。
でもこのやりとりが暇になってしまった僕らには良い退屈凌ぎになり
何度かこのやりとりを、繰り返し
持っていた蜜柑を彼にあげた。
それを小さな声で母に報告して
食べても良い?と聞くと母親が僕らにすみません。と会釈した。
蜜柑を食べ終わると又こちらの様子を見ていたので今度は手招きして
少年をこちらによんだ。
何度か恥ずかしそうに笑い頭を出したり引っ込めたりしていたが
母親にこっち行っても良いか?と
それは小さな声できいていた。
母親が良いんですか?ご迷惑では?
と聞いてきたので
いやいや退屈していたので僕らも嬉しいです。。是非にどうぞ。と言うと
すみませんと少し笑い
迷惑かけんなね。と少年に言い又こちらに頭を下げた。。
少年は丸刈りでジャイアンツの帽子を被り大きめのブルーのブルゾンを着て
ウールのパンツをはいていた。
最初は友人の持っていたお菓子などあげると母親にいちいち報告して食べていたが打ち解けてくると報告もしなくなりケタケタと笑い楽しそうに足をバタバタさせていた。。
腹が減ってきたので買ってきた駅弁を食べようと思い飯にしようと友人と少年に言い、買ってきた駅弁を出した。
少年は急にだまりこみうつ向いてしまった。
大丈夫、お前さんの分もあるよ。
と言って、どちらが良いか尋ねると
彼は弁当と母のいる方を交互に見て
もじもじしている。
良いんだよ。好きな方を選んで。
と促すとじっと見ている弁当とは別の方をおずおず指差した。
僕は彼が見ている方のステーキ弁当を
差し出すとビックリした顔で頬を赤らめた。。
その弁当を手にとると嬉しそうに母の元へ行き貰っちゃった。食べて良い?
ときくと母親が良いのですか?とすまなそうに聞いてきたので
僕らもお腹が減って来たので良いんです。馬鹿だから買いすぎてしまって。
よろしければこれどうぞ。と
他に買ったのり巻きの弁当2つ母親に差し出すと深々と頭を下げ手を横に振り貰えません。と言ったが
彼も食べにくいし、本当に買いすぎてしまって食べれないので。。
余りもので申し訳ないんですけど
本当に良ければ是非に。。
と差し出した。少し考える様子であったがありがとうございます。頂きますと言ってくれた。有難うございますは?と少年に言い少年も恥ずかしそうに頭を下げた。。
頂きまーすと元気よく僕らが言うと
頂きまーすとさらに元気に少年は弁当にパクついた。。
隣の席で母親が父親に小さな声で
弁当もらった事を報告していた。
少年と同じ様な報告の仕方に思わず笑いそうになったのを覚えている。
父親が立ち上がり有難うございます
と僕らに言い、少年に良かったなと
声をかけた。
弁当も食べ終わりお菓子やなんか食べながらお茶等飲んで話していると
いつの間にか少年は寝てしまった。
母親がすみませんと言いこちらにと
少年を起こそうしたが僕らが、よく寝ているのでこのままでと母親に言った。又頭を下げて席に座った。
暫く僕らも、うとうとしていると
隣で話し声が聞こえ、網棚から沢山の荷物を二人で下ろし始めた。
よほど疲れていたのだろう、少年はグッスリ眠り込んでピクリともしない。。
次の駅で停車するとアナウンスが聴こえると母親が少年を起こしに立った。
起こされてむずいている少年の頭を撫でながらご迷惑かけましたと微笑んだ。。僕らも頭を下げた。。
父親が紙袋からお土産であろう饅頭を
僕らにくれた。断ってみたがやはり受け取った。。
友人が買い込んだお菓子の中からなるべく荷物にならない様にチョコレートやビスケットやらを選んで少年のリュックに入れてあげた。
眠そうな目を擦りながらもらったお菓子が気になるのかリュックを気にしながら有り難うと
嬉しそうに彼が言い、両親も頭を下げた。
駅に停車すると外は真っ暗。。
何と言う駅か忘れてしまったが
無人駅だった様に記憶している。
何度も頭を下げながら沢山の荷物を抱えながら乗ってきた時と同じように
三人は無人駅へ降りて行った。
薄暗いホームは夜行の光に照らされていて、三人は荷物をもちかえながら
こちらに頭をさげ手を振っている。
真っ暗なホームを歩く三人の背中は
とても寂しそうに見えて静かに小さくなってはらはらと降り始めた雪の中
傘もささずに真っ暗な夜へと消えていく。
何度も何度も振り返る少年の小さな姿に何とも言えない寂しさが込み上げてきた。。どうやら友人も同じ気持ちだったようだ。。
発車の合図と共に列車は又北へ向かってすべりだした。
発車のベルを聞いたのか小さな三人はこちらを向いて手を振っていた。
そしてゆっくりと小さくなって消えて行った。
僕らはしばし黙り込んでしまい
そのテンションのままこれからの事を話したけど二人ともう~んと言うだけで真っ暗な車窓を見つめているだけだった。
友人がトイレにたってしばらく帰って来なかった。
そして帰って来るなり
なあ最北まで行こう!と言い出し
彼らがいたボックス席を指差した。
席をみるときれいに食べ終わった海苔巻きの弁当箱の、上に少年のリュックにぶら下げてたキーホルダーのひとつがポツンと置いてあった。
落としたのかなー?僕らは首を傾げたが届けるにはもう遅い。
もう二度と会えないような気もしたし。
そして友人はキーホルダーを手に取ると、これは彼のお礼だよ。。
そういえば友人が何気なく、それかっこいいなー。って誉めたジャイアンツのキーホルダーだった。。
あの時の少年の はにかんだ笑顔は
今でも覚えている。
僕らにとっては名前も知らない
あの少年は銀河鉄道の夜の少年なのだ
友人はそのキーホルダーを自分の財布につけると
彼を最北まで連れていこう!
と言い僕も何臭いこといってんだ。
と言いながらそのこえは少し震えていたように思う。
そして僕らは笑いながら北へ向かった。
その友人は今もそのキーホルダーを
もっていると言う。
彼らは元気だろうか?
又会いたいけどあの時の少年には
もう会えない。
今はもう立派な男だろうから。。