2015年6月3日
Nature Physics(Letterオンライン版)


「人間が観測するまでマクロな現実は存在しないことがミクロな実験から明らかになった!」

原論文タイトルと著者:
"Wheeler's delayed-choice gedannken experiment with a single atom"
A. G. Manning, R. I. Khakimov, R. G. Dall, and A. G. Truscott

要旨:
The wave–particle dual nature of light and matter and the fact that the choice of measurement determines which one of these two seemingly incompatible behaviours we observe are examples of the counterintuitive features of quantum mechanics. They are illustrated by Wheeler's famous 'delayed-choice' experiment, recently demonstrated in a single-photon experiment. Here, we use a single ultracold metastable helium atom in a Mach–Zehnder interferometer to create an atomic analogue of Wheeler's original proposal. Our experiment confirms Bohr's view that it does not make sense to ascribe the wave or particle behaviour to a massive particle before the measurement takes place1. This result is encouraging for current work towards entanglement and Bell's theorem tests in macroscopic systems of massive particles.
(http://www.nature.com/nphys/journal/vaop/ncurrent/full/nphys3343.html)



「うーん、何のこっちゃ?」
の人が大半を占めると思う。歴史的には量子力学(1925)というミクロな世界でも成り立つ物理学に対して「ボーア=アインシュタイン論争」というのがあった(ボーアというのは上の英文要旨下から5行目のBohrのことね♪)。
「量子力学は非常識だ(だからと言って全否定はしないけれど不完全だ)」
というアインシュタインに対して、
「これでいいのだ(自然は非常識に見えるようになっているのだ)」
というボーア。アインシュタインの言う「非常識」な現象としてはいろいろあるが、最も端的に表しているのは、

「人間が月を見るまで月は存在しないかも知れないというのか?(存在するかも知れないが確かでないというのか?)」
というもの。つまり、
「量子力学は『我、月を見る。ゆえに月あり』と主張するのか?」
というもの。これに対して、いやいやそれはマクロな話で量子力学はミクロな話でとか、どこからがマクロなんだとか、ミクロな現象をマクロで観測するのは人間の意識(脳)か受容体(目)か観測装置(顕微鏡)かという論争が続いた。


論争の後、アインシュタインを支持するさまざまな理論がことごとく否定されたが、最後まで残った量子力学を否定する理論(パラドックス)のひとつが、

「アインシュタイン=ポドルスキー=ローゼン(EPR)パラドックス」(1935)
だった。EPRパラドックスは言ってみれば「最後まで量子力学に刺さったとげ」となる。長い停滞の後、「隠れた変数理論」(1952)のようなアインシュタインに与(くみ)する一部の理論は生き残ったが、四の五の言わせない理論として、
「ベルの定理(不等式)」(1964)
が登場する。ベル(J. S. Bell)は、
「こんな実験をしたらボーアが正しいのか、アインシュタインが正しいのか、はっきりする」
とひとつの実験と予想される結果を示した。ところがこの実験、「言うは易く行なうは難し」。実際に行なうのは技術的に至難の業(わざ)だった。



時は流れてレーザーやら干渉計やらの量子工学(技術)が発展し、いよいよ「ベルの定理」が確かめられる時が来た。果たして結果はボーアに軍配が上がった。つまりは「量子力学が導く非常識なことが実際に起きている」ことが実証された(アラン・アスペの実験:1982)。「隠れた変数理論」も否定された。これらの結果を受けて新たな科学的通念になったのが、

「量子もつれ(エンタングルメント)」
「量子暗号」
「量子コンピュータ」

であり、さらには、
「量子テレポーテーション(瞬間移動)」
までも実験的に可能になった。これらはひとまとめにして、
「量子情報科学」
という新しい分野の創出につながって行く。これが最近20年の新しい物理学の趨勢である。ちなみに先だって紹介した、
【速報】 天才大栗博司氏、宇宙誕生のメカニズムを理論的に解明! ~時空は量子もつれから発生する~
はもちろん「量子もつれ」の概念を使っている。大栗氏がノーベル賞を取る前に「量子もつれ」と「大栗博司」を知っておくとカッコいい。絶対にシュッとしてる。きっとイケてる。

たぶんモテる。


で、やっと今回の研究結果になる。原論文を読んでないので分からないが(←おいおい)、要するに、
「ミクロの世界では観測するまで存在は不確かである、観測して初めて存在が確定する(我、電子を見る。ゆえに電子あり)という非常識なことが起こるが、マクロ(macroscopic, massive particle)でも同じである(我、月を見る。ゆえに月あり)」
「ミクロで正しいと分かったこと(量子もつれや量子テレポーテーションなど)がマクロでも正しいと確認された(原理上はマクロな物体のテレポーテーションが可能である)」
ということでしょう(違ってたりして…原論文を読んでないし、「ホイーラーの遅延選択思考実験」って何だっけー、だし)。



こうして量子力学の発展史を辿ると、その非常識さを実験的に正当化した(常識に反して正しいことを実証した)アラン・アスペがノーベル賞の最有力候補だったりする。「量子情報」という新しい分野の開拓に大きく寄与したのだから当然だったりする。アスペのこれまでの受賞歴は、
・2010年 ウルフ賞物理学部門
・2011年 トムソン・ロイター引用栄誉賞
・2012年 アルベルト・アインシュタイン・メダル
・2013年 バルザン賞
何とも「綺羅、星の如く」賞(Award《アウォード》)が並んでいる。拙ブログの予想では2011年の記事、
iPS細胞、ノーベル賞は逃がしたけれど
の最後にアラン・アスペについて言及している。そして翌日のダークエネルギーにノーベル賞授賞で「アスペ、ノーベル賞受賞」の予想をはずしている(←ダメじゃん)。しかし、同記事で紹介して2011年のノーベル賞を逃した山中伸弥氏のiPS細胞は、翌2012年にノーベル医学生理学賞を受賞した。また、同じく「iPS細胞…」の記事で予想したがやっぱりはずしたマーティン・カープラス氏は2013年にノーベル化学賞を受賞している。だから拙ブログの予想はそう大きく間違っているわけではない。アスペ氏もそろそろ今年あたり…である。

最後に「新しい量子力学」の入門書を挙げておく。

☆(1)「続 間違いだらけの物理概念」パリティー編集委員会編(1995)
☆(2)「量子力学が語る世界像」和田純夫著(1994)
☆(3)「量子力学の解釈問題」コリン・ブルース著、和田純夫訳(2008)
☆(4)「量子もつれとは何か」古澤明著(2011)
☆(5)「量子論が試されるとき」G. グリーンスタイン・A. G. ザイアンツ著 森弘之訳(2014)

どれか一冊と言えば去年11月発行の(5)である。包括的・網羅的な内容だが、いかんせん本の厚さが3センチ以上(400ページ以上)の大部であり、しかも分からない人には分からない。アマゾンに注文したは良いけれど、受け取った現物を見てひとり枕を濡らす女子高生は多く、また本を投げつけて壁ドンする男子大学生も少なくないと聞く。そういうわけで量子情報のベースになっている観測問題・解釈問題の本からスタートするのが楽だったりする。その分野の日本の巨匠は、
★町田茂
★並木美喜雄
★原康夫

なので、彼らの著作物を読めば何がどうなっているのか分かるだろう。

観測問題の本(切り出し補正).jpg

写真はかなり古い巨匠達の本((5)を除く)で絶版のものも多いため古書として購入する必要がある。
☆(6)「いまさら量子力学?」町田茂・原康夫・中嶋貞雄著(1992)
☆(7)「量子力学入門 ~現代科学のミステリー~」並木美喜雄著(1992)
☆(8)「量子力学の反乱 ~自然は実在するか?~」町田茂著(1994)
☆(1)「続 間違いだらけの物理概念」パリティー編集委員会編(1995)
☆(5)「量子論が試されるとき」G. グリーンスタイン・A. G. ザイアンツ著 森弘之訳(2014)



あれー、「眠りと超能力」について書くんじゃなかったっけ? うー、自分のメモが読めない…分からん…さっぱり分からん。もうちょっと考えてみよっと♪